TVのデジタル化で日本に革命が起きる
バタフライ理論(風が吹けば桶屋が儲かる)ネタだったのですが・・・・
- テレビは視覚を奪う娯楽である、家庭内にあることから、常時個人の時間を奪い続けている。
- かって一億総白痴化と呼ばれたように、視聴者は思考しなくなり テレビメッセージに順応するようになる。
- 水は低きに流れると言うが、娯楽の軽薄化単純化も進み、現在では内容を語るべきドラマであっても、時間毎の山場視聴率重視で作られる。 バラエティに至っては、火事場見物的、タレントの不幸を楽しむ傍観者の興味でしか無いものが多い。芸能が重視されることは少なくなった。
- 国民の白痴化に合わせ、テレビも同レベルに白痴化してきた。 そのタイミングで、デジタル化という「TVを捨てさせる」 ことが行政主導で行われている。
- デジタルになっても見るべき価値の番組がないなら、 これを機に一斉にテレビ離れが起こる。 これは今まで反発分子を抑えてきた「貧乏人のゆりかご」が無くなるということである。
- 空白となった時間は社会の不満へと向けられる。これは施政者にとって最もやっかいな「知の目覚め」である。 または逆に知を失った超愚民化も進む。デジタルを買い換えても白痴化は変化していない。
- 大衆の意見として君臨し続けた、テレビマスコミがその発言力を失う。
- 直観的な正義に従い、過激な運動が起こる可能性が高くなる。(最近だとイタリアの落書き犯への追求、毎日新聞のエロ記事配信に対する抗議等) そのものごとへの検証が追いつく前に、拙速に行動が始まってしまう。
- 大衆に対するコントロールも、テレビ、ラジオ、新聞のない、自己選択型の情報家庭には届かない。
- 怒りの矛先は、最終的に政治へと向けられ、国内が乱れる。 ちゅどーん
さんざん白痴化が進んだところで、言うことを聞かせていた情報から、隔離されたらどうなるかということですね。
結論
まともな番組作らないと国家ごと滅ぶ瀬戸際。お隣の国で起きる昨今の暴動は、未来の姿のような気がします。TVのあり方も踏まえて、デジタルのTVは、より進歩的な物でなければならないかと。
デジタル化の皮算用で、メッセージの媒体を失うのは愚策きわめり。
著作権者に直接利益や評価がカウントされる、ネットワークシステム作りが必要だと思います。食事しながらみるような軽いバラエティと、問題提起を踏まえたドキュメンタリーや良心的な番組が、視聴率のみで優劣決められるのは変。
評価には引用も必要、映像が著作権保護で引用できないようでは、直接には伝えられません。しかるべきフェアユースも考えるべきです。
新しいテレビが確立するまで、アナログ止めなくてもいいんじゃないの?
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