星の王子様ミュージアム

 箱根にある星の王子さまミュージアムに行ってきました。

 キャラクターテーマの施設として、前々から関心はあったのですが、よくある観光客目当てのやっつけ人形館みたいなものと、根拠もなく想像していました。

 場所は箱根のススキ野原で有名な仙石原。車を走らせると欧風の建物が見えてきます。

 入場料が1500円と高額のため、地雷覚悟で入ってみたのですが、いやはやどうしてどうして、こんなに良い施設だとは思いませんでした。

 展示室は、主にサン・テグジュペリの生涯にスポットが当てられています。少年時代、挫折した青春時代、冒険飛行家の時代、ナチスに占領されたフランスからの亡命者の時代。その足跡を辿るように展示が続いていきます。当時の生活調度品を再現した部屋はなかなかの見応えがあります。

 『星の王子様』に詳しい人は、物語がサン・テグジュペリの人生の縮図とされている説を聴いたことがあるかと思います。

 このミュージアムも、その説に乗っ取った設計がされていて、サン・テグジュペリの死の後にようやく星の王子様のキャラクターが登場し、どれが何をモチーフにしているかが分かる仕組みになっています

 私が『星の王子様』を読んだのは中学生くらいで、シュールな内容が当時難解だった記憶があります。

 しかし、改めて作者自身の人生を照らし合わせることによって、作品の理解力が飛躍的に上がってくるのでした。

 『星の王子様』を読んだことのない人でも「フランスの冒険飛行時代」に関心があるなら、お薦めです。

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長岡といえば

本日は新潟県長岡をぶらぶらしてきました。

昔、司馬遼太郎氏の『峠』を読んで以来一度は行ってみたかった場所でした。現在は長岡市が整備した河井継之助(小説『峠』の主人公、実在の人物で、幕末期に先進的な改革を行い、長岡藩を中立とし、薩長と談判を行うも、重要が理解されずに決裂、長岡は戦渦に巻き込まれて、河井継之助も会津へ落ちる途中で死去)の記念館がつい最近出来たばかりなのです。

 『峠』の読者ならご存じ、幕末の秘密兵器ガトリング砲もちゃんとレプリカが飾られていたのでした。これこれ!これですよ。

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 幕末期に日本に3門しかない最新兵器のガトリング砲が、長岡藩には2門もそろっていて、しかも実戦にも投入されたという、日本の兵器史としては見逃せない代物なのです。

 ちなみに現在の価格で一門3億円。長岡が落ちたときに行方不明になってしまいその消息は不明とされているのですが、最近「西軍(薩長)にわたらぬようお堀に投棄した説」というのが出てきて、お堀の水抜きの時に出てくることが期待されているとのことでした。

 後は山本五十六記念館と生家などを回りつつ、長岡花火ミュージアムも立ち寄り。

 花火ミュージアムでは3D映像が上映されているのですが、3DCGと花火の相性はなかなかのもので目の前に火花がひゅんひゅん飛んでくるところは3D好きにはたまらないものがあるのでした。

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会津若松といえば

あかべぇ、かわいいよあかべぇ

001 駅から降りたらお出迎え

003 駅にもあかべぇ

002

循環バスもあかべぇ(冬期休止)

007 列車もあかべぇ

Photo グッズも買いまくり。ぬいぐるみ(大)が荷物になるので、買わなかったのがちょっと心残りですよ。

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会津若松の怒り

 今、会津若松で投宿中です。

 白河以北一山百文

 お恥ずかしながら、昨日初めて知りました。”白河”(宇都宮と福島の間)より北は価値が無いとする、薩長による東北を侮蔑した言葉で、これに憤慨してつけられたのが東北圏のブロック紙「河北新報」です。

 明治以降の近代史があまり触れないのには、薩摩長州派閥の話には公にしたくない部分も多いというのがあると思います。

 その一つが東北戦争で、幕末、会津藩が京都守護職の任命を受けて、その配下として”新撰組”があったのは有名な話。新撰組は京都で起こる今で言う、クーデター、テロ攻撃を未然に防いだことで一躍名を残す事になったのですが、その攻撃された側が主に長州(現在の山口)の人間で、徹底的に弾圧されています。

 しかし、ここで出てくるのが坂本龍馬。会津と組んでいた、薩摩(現在の鹿児島)を、京都を負われた長州との間に立ち薩長同盟が成立、いち早く西洋からの武器買い付けにより近代戦の装備を調え、薩長は優位に立ちます。

 薩長は倒幕を計画し、時の将軍徳川慶喜を血祭りに上げようとするもの、国の統治権を朝廷に返上する”大政奉還”により、表だっての攻撃名目が無くなり、関東が火の海となる江戸城開城戦も勝海舟により、無血開城となりました。

 元々会津(藩)は、孝明天皇の信の厚い、直属の警察とも言うべき存在だったのですが、孝明天皇の崩御により状況は一転(これは孝明天皇が旧体制派だったので、暗殺された説があり、日本史の謎の一つ)。会津も徳川慶喜とともに京都を離れて、朝廷に対し恭順の態度をとっていたのですが、薩長による明治新政府はこれを受け入れず、結局は京都の復讐とも言うべき会津戦争となります。 

 この時にかり出された若年兵、白虎隊の話も有名ですが、戦争に敗れた会津人の取り扱いはひどく死体を晒したことに対する怒りは根深いもので、日本の近代史の暗部とも言えます。

 白河以北一山百文、この言葉も明治以降のもので、明治政府に抵抗した奥羽越列藩同盟に対する侮蔑でもあるわけですが、そもそもの東北戦争が必要であったのかという議論ももっとあるべきでしょう。 作家、司馬遼太郎氏は倒幕のエネルギーが明治新政府に向けさせないためではないかと書いてます。

 話は近代に戻って、新撰組ブームなどから実直に幕府の命を全うした会津藩の立場も理解されるようになってきたのですが、未だに根深い怒りがあるところに、TBSが「鶴ヶ城は糞尿が溜まり不衛生だから開城された」などと面白おかしくやってしまいました。これは会津若松が怒るのも当然といえるのです。

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 地域作品

 ちょいちょい旅行に出ています。

 取材以外は、だいたい動機は歴史と結びついていて、史跡、戦跡巡りをしつつその土地の風土を感じると言ったのが主な目的です。

 土地の空気というのは重要なもので、熱い寒いもありますが、そこに住んでる人間の性質めいたモノが分かってくると、実に旅行のしがいがあります。

 最近、地方テーマの作品も増えてきましたが、やはり土地のことを知らずに描いた「なんちゃって地域モノ」はどこか魅力に欠けます。「そこにいないと分からない良い場所」のロケーションがないと命が吹き込まれない感じです。

 現地人じゃないと描けないかというと、そうでもなくて、土地の人の話を聞いたり、自分で歩いて回ってロケハンして拾い出した物は、やはり活きた地域モノになると思うのでした。「かみちゅ」とかが良い例じゃないでしょうか。

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青春18きっぷ

 18きっぷの今シーズンが後4日。 残り数もあと四日分と言うことで月曜からちょいと出かける予定です。

 過去の18切符旅ルートは新宿-長野-黒部ダム-富山-名古屋-東京とか

 東京-日立-釜石-秋田-新潟-東京とか乗り倒し無茶ルートが多かったので

今回は北陸戦争関係で東京から福島(会津若松)-長岡-富山あたりを回るルートで。

 可能であれば、毎日写真更新とかしてみたいのです。

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道の彼方のドライブイン

Img_8844  ドライブインめぐりも面白いのではないかと思うのです。

 ドライブインは戦後のカーレジャーブームの頃、休憩拠点として、全国の国道沿いにありました。 しかし高速道路網が整備され、長距離移動は自動車専用道路となったため、道脇で誰もが営業できた時代は終わりました。 加えてコンビニエンスストアの台頭があります。夜には閉まるドライブインにくらべ、終夜営業でお弁当が揃ってるコンビニのほうが有利なのは言うまでもありません。 ドライブインの時代は終わったとも言えます。

 まだまだ元気なドライブインも多数ありますが、朽ち果てたドライブインというのも多数残ります。ラクガキだらけの無惨なものも多いですが、その姿は昭和の高度成長期を感じさせるものではないでしょうか。

 ドライブイン廃墟ツアー! なんて言うとなんだか落ちぶれたものをあざ笑うようで嫌な気分になります。

 昭和を忍ぶドライブインツアー というとなんだか気が楽になります。

 ドライブインの多くは外れた場所にあるので、現在もその姿を残しているものが多くあります。過去と現在を結ぶ建築物としての再評価があっても良いのではないでしょうか。

 Img_8842 千葉県金谷で見つけた旧ドライブイン

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昭和の建築遺産として再生できないものでしょうか

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今の季節は「もったいない」

 先日、150のスクーターで千葉県南端の館山まで行ってきました。

 房総フラワーライン が菜の花のシーズンの終わりなので、観に行こうと前々から思っていたのです。

 横浜からなので、久里浜の東京湾フェリーから金谷までを使うルート。アクアラインはETCがないと高いので、バイクだと往復2880円(原付超、中型以下)はなんとか使えるお値段。(のんびり東京湾回るという手もありますが)

 千葉県南端は今回バイクで行くのは初めてですが、花の季節はやはり爽快で、今の時期は是非ともお薦めいたします。

 横浜も桜シーズンで、桜並木が結構あるので、この時期、家でぼうっとするのは1秒たりとももったいないです。お花見というと用意が必要だったりしますが、桜並木を通るだけでもまた風情があるものです。関東南部、来週の散り際は朝から夜まで一日見頃ではないかと思われます。

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江ノ電鎌倉を去る

 先日、深夜にR134を車でぶらぶらドライブしていたら、鎌倉プリンスホテルの前で江ノ電の旧型車両の作業をしてました。

 気になったのでターンして、カメラ構えているお兄さんに聞いたところ、古い車両が解体のために江ノ電を離れる所のこと。

 江ノ電はJR鎌倉駅や藤沢駅と接続してますが、他社の線路とは繋がっていないので江ノ電に来た車両は、ずっと山有り、海有り、一般道有りの路線を往復し続けます。

 どうやら300系のようで、なつかしい江ノ電らしい車両が2日鎌倉を離れることになります。

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 深夜2時、車両はトラックに乗せられていました。もうすでに2両編成の1台目が運び出されたとのことで、私がいた2時半前には最後の2台目も江ノ電の線路を離れていきました。

 その姿を見送ったのは、私も含めて数名だけ。ファンの多い江ノ電なので、もしこの事が知れ渡っていたら、深夜に国道が封鎖するぐらい人が集まっていたかもしれません。

 深夜、通行量も少なく波の音がするだけの国道134号線に作業車両の音が響きます。

 2時半頃、先導車と共に、車体を載せたトラックが発進しました。

 観光客を乗せ、地元住民を乗せ、走り続けた車両がもう帰ってこないと思うと、少しばかり感傷的になるのでした。

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ブルートレインの思い出

 東京発のブルートレインがいよいよ無くなりそうなんだとか。残念だなんだと言うよりもちゃんと寝台急行のPRや改修をしてないのも、客離れの原因ではないかと思うのです。

 実家に帰るときにB寝台ソロ(個室)を使いました。東京を夕方出て九州着は翌日昼前。窓付きのカプセルホテルといった感じで、横になってゴロゴロしながら夜明けの車窓を楽しむのが旅の醍醐味だと言えるでしょう。春のサクラ、真夏の海、秋の田園と紅葉、冬の澄んだ青空と個人的には楽しいばかりなのですが、景色を楽しむ素養のない人には十数時間監禁はやはり辛いものでしょう。どこも似たり寄ったりの車窓がつまらなくなったのもなんとも致命的かも知れません。

 十数時間快適に乗るのはそれなりの準備が必要です。まずは食事、最初は出発駅で調達するとして、朝分は長時間停車の駅で確保が必要です。次にビューポイントの情報なんかも大切です。

 JRも利用客の減少を嘆くよりも、「寝台特急読本」みたいな小雑誌を作って鉄道マニア以外にも、風情と魅力をもっとアピールすればいいのにと思うのでした。料金が大して変わらない&時間的にゆとりがあるならやはり寝台旅は素敵なのです。

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東北に行ってきます

 14日から17日まで東北取材に行くので、下準備中。

 ブログのほうは書きためといて、タイマーセットでアップの予定。宿にLANがあれば時事ネタ対応と言うことで。

 旅行で重宝するのがPSPと「みんなの地図2」。電車で移動しながら気になる風景があれば、駅間でだいたいの位置を割り出して、調べることが可能です。

何、この巨大観音像はー!」てなぐあいに

 特にハコモノ行政で謎の巨大建築物がポコポコ建ってるので、最新地図は必須です。家のPS3をリモートモードにしておけば公衆無線LAN経由で、サーバー内の番組見られたり、『まいにちいっしょ』もチェックできます。『まいしょ』の一日一回の更新を楽しみにしてる人間としては、旅行先でもトロとクロのトークはかかせません。

 デジカメ、ビデオ、PSP、iPod、PCに着替えその他なのでそこそこの荷物になるのがやっかいですが、最近USB充電器が充実してるのでコンセントから直接USB変換できるアダプターがあれば、PSP、iPod、携帯電話の三つは専用アダプター持ち歩かなくてすむのでした。

 東北は遠野と盛岡、角館あたりをロケハンに行く予定。

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