声優は作品を語るな?

 興味深い記事を見つけました。まずは元記事のヤングマガジン編集が声優批判 「演じたキャラについて原作者さながらのうのうと語りすぎる。調子に乗るな!」。(日刊スレッドガイドより)をご覧下さい。

 編集者氏、ファン側どちらの意見もよくわかります。中間に立つライター側としてはなんだか申し訳ない気分です。

 声優インタビューというのが一番やっかいなのです。

 アニメキャラは空想上のものなので、唯一の生身部分は声優(役者)さんです。ファンは声優にキャラクターを混在したイメージを投影します。

 これは、はっきり書いておきますが

 声優は生身のアニメキャラじゃありません。

 転じて、声優さん自身のファンになるのは喜ばしいことですが、混同意識を拡大させ、しまいにはストーカーになって、声優自身をノイローゼになるまで追い詰めた例もあります。

 アニメは最終形態を最初に見るのが視聴者です。声優諸氏は中途段階しか知りませんし、役を貰って自分なりの解釈しても、音響監督が駄目だししたらアウトです。ヘタすると自分の番組を見たこともない人間に「キャラクターとして語れ」という、オーダー自体が最初から無茶なのです。

 しかし、作品に関してのインタビューはファンの期待に応えなくてはいけません。サービス精神のある方ほど、よりキャラクターっぽいものを「台本無し」で語らねばならないので、インタビュー=アドリブ地獄でもあるのです。

「声優ごときが作品を語るな!」という風に受け止められる上記編集者氏のコメントは、声優さんにかわいそうです。

ですが、「知らないところで最もらしく話されたら困る」というのも正直な姿なのです。

だからといって、原作者や監督、脚本家がインタビュー台本書くわけにも行きません。

 そもそもが矛盾している力関係なので、言うだけ野暮なことをほじくり返さないで欲しいというのが私の意見です。

 余談ですが、声優さんの方が面白くてキャラが立っていた、という希有な例が「うたわれるものらじお」でした。演技もできる上に、本人が面白いということで柚木株が急上昇したのは言うまでもありません。

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アニメ雑誌を買わなくなった

 大人向けのアニメージュが出るそうです。創刊号から買っているストライク世代としては期待したいところです。

http://animeanime.jp/news/archives/2008/06/post_420.html

 2002年頃まではアニメージュとニュータイプはコンプリートしてましたが、最近はアニメ雑誌を買うことがめっきり減りました。

 買わなくなったのは2003年頃に引っ越ししてから"本の置き場が無くなった"ことも由来しますが、編集方針が合わなくなったこともあります。

  1. 流行ってる(流行らせたい)作品とのズレが大きい。
  2. 自社タイアップとヨイショ記事ばかりで特集がつまらなくなった。
  3. 情報を知りたいと思う作品は取り上げられないか、扱いが低い。

 原作物が増えたというのも一つの理由かもしれません。これは経験者の弁としてですが、原作ものは他社はNGになったり、作家さんとか編集さんとかの許可を必要とするので、結局は当たり障りのない凡庸記事になってしまうことがほとんどです。 オリジナルでもガンダムとかメジャー作品になるとこれまた制約が厳しくなって、扱いづらくなります。

 記事の内容にも書き辛さがあって、本来ライターとして取材して書くべき内容が、ほいほい制作者ブログに掲載されてしまうと、原稿価値はどんどんゼロに近くなっていきます。 あと、批判が一切不可というのもありますし、流行っているものの後追いではネットニュースにはかないません。

 昔は情報の供給源が、雑誌ぐらいしかなかったので、発売日を一日千秋の思いで待ち構えていました。アニメをムーブメントにしたのはアニメージュ、「作品」として扱ったのはアニメックが最初のような気がします。ニュータイプはグラビア主義で末端の拡大に貢献したと考えています。

 前期~中期のアニメックの読み応え、アニメージュのアニメ産業に関する啓蒙ぶりは目を見張るものがありました。

 それが1980年代後期からグラビア主義、キャラクターを愛するライト層に向けての部数拡大を打ち出したあたりから、中身がうすっぺらくなっていった気がします。元情報がアニメキャラなので、書き下ろしグラビアや、声優インタビュー、監督や脚本家に関するキャラ(に関する)インタビューがメインとなり、後で分かる情報を小出しにしたりとだんだんやれることが限られて来ました。

 キャラクターファンは、作品が終わればざっくりいなくなるので、次の作品に移ることはあまり期待できません。熱心になるほど一途になるので、その場(作品)から離れたくなくなるようです。

 キャラクターファンを尊重しても終わりがある。次々にシフトさせようにも交換サイクルが早すぎる。作品論で考えるファンにはそっぽを向かれる。某アニメ誌編集者によると「自分の仕事は、当たりそうな所にキャラ絵をぶつけること」だそうです。

 かといって人や作品論で取り扱うと、地味でつまらなくなる>部数が伸びない>続かない。という結果になります。

 アニメ雑誌が、新生して行くにはやはり取材力しかないと思うのです。私は種記事、見た記事という使い方をしてました。「種記事」というのは情報の核がしっかりしている記事、見た記事は表面的な情報のみをソースとしているもの。取材は雑誌という商品力を使って相手に切り込める武器の一つです。

 もし、自分がアニメ誌を任されたら、一番最初にやりたいのはブートキャンプの立ち上げです。学生や暇をもてあましてる人間はいくらでもいるので、「クオークエキスプレス」などを自腹購入した人間を対象に、徹底的なデザイン能力をたたき込んだ上で<企画、デザイン、取材、編集、執筆、ライティング、入稿>までを徹底させて、オールインワンでページ単価を下げて、その分多くのページを個人に幅広く持たせる。

 そのうえで<編集者>と<記事作家>として契約して、双方責任分担をさせた状態で、基本入稿料+印税といったスキームは組めないものでしょうか。

 要は「このキャラを見てくれ!」「この作品を見てくれ!」というマンパワー重視じゃないと良いものは出来ないと思うのです。

 統括デザイナーは必要としますが、今いるファンを拾い上げるだけではなく、ファンを核にして雪だるま式に増やしていけば、未来が見えてきそうな気がします。

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謎が解けたぁぁ!!

 最近聴いたイギリスの歴史研究家による、大東亜戦争のたとえ話があります。

曰く

「昭和初期までの日本は、例えて言うなら野犬である。 牧場の中の羊や鶏を狼が勝手気ままに食い荒らしていた。野犬はそれを見て同じように食い荒らした。

 ある日、狼は群れをなして襲いかかってきた。野犬は只一匹で狼たちと戦ったが、ついには敗れてしまった。だが、狼たちも戦いに疲れてしまった。羊や鶏は暴れだして疲れた狼には手が負えなくなった。結果、牧場から狼がいなくなった。

 羊や鶏は野犬には感謝しない

 狼たちも、狼のように戦えると思った野犬を馬鹿にするだろう

 ただ、牧場主だけは、牧場を守る飼い犬のように振る舞った野犬に、少しばかりの感謝をするかもしれない」

 なるほど、西洋的な日本史観とはこういうものかと思って聴いていたのですが、おや・・・・まてよ。 何か聞き覚えがある気がする

 えーと

 あれは

 トラウマアニメとして有名な・・・・・

 アンパンマンで有名な、やなせたかし先生の・・・・

 『チリンの鈴』だ!

goo映画より引用

 小さな牧場で生まれた白くかわいい小羊は首につけた鈴の音から、チリンと呼ばれていた。羊達は平和で静かな生活を続けていたが、ある日血に飢えた狼ウォーに襲撃され、チリンの父母を含め牧場の羊達はことごとく殺されてしまう。生き残ったチリンは、復讐の念に燃えた。そしてウォーに近づき、強い動物になるための訓練を重ねる。時が経ち、再びウォーが牧場を襲ったが、その前に敢然とチリンが立ちふさがる。激しい格闘のすえ、チリンは、復讐を遂げた。そして、もう一度緑の牧場で仲間達と一緒に暮したいと思ったが、変身したチリンを仲間達はだれも受け入れようとはしなかった。独りになったチリンは山へ帰っていった。その後、谷間にチリンの鈴がかすかに聞こえはしたが、それっきり、チリンの姿を見たものはいなかった。

 ずいぶんと変な話だと思っていましたが、今こそ合点がいきました!狼の名は「ウォー(WAR)」、もはや間違いないでしょう。チリンとは日本人のことでしたか。

 40もすぎて今になって気がつくとは!

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星の海のアムリ

 DVDレンタルで「星の海のアムリ」を鑑賞。

 PCゲームにおいて、3DCGのキャラクター作りで定評であるMA @YA氏を起用したのはなかなかの慧眼(けいがん)だとは思うのですが、SFっぽい未来設定にイマ風、ゴスロリ風キャラというのはミスマッチ。

 そのミスマッチ感を「面白い!」と思えるなら、SFとファンシーなものを鍋に入れてゴタゴタに煮込んだアムリは楽しめると思います。プラス、ガオガイガーと萌え風味。

 やってることが斬新すぎると、理解力が追いつかなくて「理解できない=つまらない」とシャットアウトしそうになりますが、じっくりと「アダプター」などの固有設定を咀嚼(そしゃく)すれば楽しめるのではないかと思います。

 米たに監督というと、奇想監督というイメージがあるのですが、ファンシーの仮面をどこまでかぶってられるのか心配期待です。 

 先生!宇宙キスは歯がぶつかって血まみれになると思います!

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サルまん2.0中止

 サルまん2.0が中止で、なおかつ単行本にもならないというと言う話なのでIKKI最新号を買ってみました。

 要は、仕掛けるための資金、人材、気力不足が原因と言ったとこでしょうか。詳しくはご当人の説明待ちと言うことで。

 外野から見るとこれは"企画鬱"なんじゃないかなーと。ある程度ヒット理論に乗って企画を始めた場合、先に見えてる(希望しているもの)が大きすぎて、進行途中で実際にやれることとのギャップが気になりだして、止めたくなってしまうことがままあります。

 さるまん2.0も「メディアミックス」と「電車男方式」というヒット理論を扱ったギャンブル企画として、これからのるかそるかの大ばくちが面白くなりそうだったので、撤退しました というのも、これはこれでまあオチとしてはアリなのかなぁと思いました。

 企画自体は面白いので、時間と技術は有り余ってる新人使って、新サルまんを始めてもらいたいものですが。

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春のアニメ

春の新作アニメ群。

 見ている限りだと「マクロスF」と「ファイアボール」ですか。

 マクロスはマクロスの第一作の意趣返しというか、当時できなかったことを詰め込んでるので、いろんな意味で面白く見られます。クラン・クランのロリ化はうまいと思いましたが、ロリ後のキャラがワンパターンなのがちょっと残念。全体的に物語がどっか古い少年漫画テイストなんですよねー。 その分落ち着きよく鑑賞できるので私の世代にはストライクですが。

 ファイアボールは短い中に会話の小気味よさがあって、すごくリズムが良いのです。これはクセになります。

視聴はこちらからも

 ”人気作品”とやらめくらめっぽうにアニメ化するものもままありますが、視聴者を楽しませようと全力の物は、こちらも気持ちよく見られると思うのでした。

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クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛(キンポコ)の勇者

 略して ちょーアラよキンゆー!(余り略してない)

 金矛の勇者を観に行ってきました。初期劇場作品をヒットさせた本郷みつる監督の復帰作とあっては、見逃せません。

 内容は本郷監督お得意とも言えるダークファンタジーな仕上がりになってますが、そこはそれ『クレヨンしんちゃん』の映画なので、しんのすけという太陽の輝きが際だつ内容になっていました。

 普通にアニメ映画としてみてもおもしろい!(これ重要)

 私の行った回だと、女子大生くらいの年代の女性が多かったのですが、ちゃんと受けて笑ってました。

 基本に戻りつつも、新しい息吹のあるクレヨンしんちゃん映画です。これは是非とも観ておくべき!

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アニメクライシス

 知人と話をしていて、アニメ製作とサブプライムローン問題は似てるんじゃないかと言う話になりました。

 サブプライムローンとはプライム(優良顧客)じゃない人に貸し付けるローンで、最初は安く貸しといて、あとから高額をかっぱぐという方式。本人の賃金向上とか、地価の値上がりによる資産価値上昇などで理論的には後から金利負担が増えても大丈夫のはずだったのですが、これが次々と返済不能になってしまいオチャラになってしまったのが最近の問題。このサブプライムローンが様々な金融商品の中に混ぜられていたので、知らず知らずのうちに(借金倒れ<貸し付け会社<そこに高利回りを期待して投資した会社)って感じで世界的に大損こいている状況にあります。

 さて、アニメの製作も「ハズレの作品もあるけど、一発当たればでかいのでまとめて作品作ってどれか当たるのを期待しよう」という体制になってきました。サブプライムと同じく将来的な当たり待ちの投資です。

 何かで当てなくちゃしょうがないわけですが、全体のDVD販売がおっこちて、海外でのセールスも供給過多になってきている状況で、収益率が落ちてきているので借金でアニメ製作会社がバタバタ潰れるんじゃないかという話でした

 どうもこのきな臭い感じがリアルになってきたとかなんとか。

 最初に見るのはニコニコでもなんでもいいから、ともかくDVDかグッズを買わねばいかん。ということです

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アニメーターの労働環境

 アニメーターには机を貸してるだけ

 退職率が高いのは良い人材になる人間を捨ててるということです。何年化計画で「退職させないアニメーター環境」を国家レベルで構築する必要があるのではないでしょうか。

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TV版CLANNAD

TV版CLANNADを鑑賞。

 今までもギャルゲー物で、腕をふるってきた京都アニメーションですが、今回はいつにもまして、手の混み方がパワーアップしてるようで、かなりの気合いの入れ方が伺えます。

・アバンタイトル 主人公とヒロインの接触を、モノクロ画面効果などを使いながらモノローグから発声している台詞にシフトさせ自然に見せる演出はお見事。やってることはゲームのままなのですが、ここで違和感を出さないだけでも、高評価に値するものだと思います。 劇場版はヒロインの「ついて行ってもいいですか」から入ったので、能動的な割には支離滅裂の行動を取るキャラクターに思えていたのですが、TV版は「ちょいぼけ」程度に収まっているので、このままシフトしていけばかなり良いものになりそうです。

・オープニング いきなりあのキャラ出すのは卑怯だと思いますなっ!

・本編 どう考えてもエピソード的に尺内に収まりそうもない物がたっぷりと詰め込まれていて、第1話のクライマックスが「スーパー家族」であるところの古河家の描写。泣きゲーとか言われてるものの、本質の30%はコント体質だと思ってるので、ここがツボに来ればベタはまりなんでしょう。しかもアニメ用に書き換えてる部分が、声優さんの演技でさらに珍妙度が増しているし。  ぐっ! の間に惚れました。

・エンディング ゲームやってると、だいたいどんな仕掛けか分かってきますが、知らない視聴者は後ほどのお楽しみってやつでしょう。 

 劇場版を貶める気はさらさらありませんが「視聴者目線」で作られているTV版のほうがやはり評価は高いかと思います。ですがザックリと物語を切り取った劇場版観てると、ゲームとかTV版の意図も鮮明になってくるので、「映画を観てからTV版」というのはお薦めしたいコースです。

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らき☆すたが陥ったもの

 Ipodのフォルダに入っていた「もってけ!セーラー服」を聴いていたら、なんだか遠い過去のことのように思えてきました。ついこの間の4月に始まったばかりだと思ったのですが、周辺がヒートしすぎて今マッハで忘れられている気もします。

 正直後半は見られたものじゃありませんでした。悪ふざけが度を超した白石みのるパートのひどさはもう少し弾劾してもいいレベルでしょう。富士の樹海~ケンカ別れ云々は周囲をドン引きさせただけとしか思えません。(役者の責任ではなく、これで行こうと判断した側の問題です)

 中盤からテーマロストの進行、すなわち「何を書いて良いんだか分からない症候群」に誰もが陥った気がします。萌えキャラを押し出すにしても数が多すぎる、身近なオタネタを出すにしても制約が多すぎる、悪ふざけのつもりのアニメ店長はすべりまくり、宣伝ネタはいやらしいヨイショにしかならない。濃いネタをやろうとしたら理解されない。視聴者のウケを掴み損ねてからのていたらくと、空回りは冷静に観察すると物語の中心にぽっかり孔が空いたような気もします。

柔らかい絵柄と声優の好演があればこそ、形にはなっていましたが、どうにも船頭多くして船山に登るの典型でと申しましょうか、金に目がくらんだ商売人が小舟にやたら乗り込んで沈没させてしまったという自覚が必要だと思うのです。

 人気タイトルなので第2期もやるもんだと思いますが、マイナスのスパイラル要因を考えずに続けたところで、余計悲惨な結果にしかならないのではと、私は思うのでした。

 それはともかく、かがみんは良かったね。

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エクスマキナ

CGアニメのアップルシードの続編 です。
オンライン試写というもので観させていただきました。

 うーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 話が幼稚すぎます。

 なんともこれは致命的。
クライマックスに向かうにつれ、ありきたりになっていきます。80年代のビデオアニメから何もかわっちゃいない。 いくら初見のティーンエイジ向けに作ってるとはいえ、作ってる側はこの世界のプロでしょう。これがマンネリ化したありがちなクライシスであることを知ってると思うのですが。

 原作の良さは情報過多で読者を振り回すところにあるのですが、それがシンプルな話に落とし込んでしまったため、どんどん魅力のないものになっていきます。

 メカアニメとしての出来はすこぶるいいです。これは本気でそう思います。
制作側がメカ馬鹿な感じ全開で、描写の一つ一つに新しいテクノロジーのこだわりが見えてきます。
 ジョン・ウープロデュース面目躍如のガンアクションも良くできていて、断片的にカッティングするのなら見所満載といえるでしょう。。

 原作を知ってる人間としては、ブレアリオスがイケメンになったことに違和感を感じますが、新キャラクターの追加とかは良いバランスになってます。
 
 私みたいな物語至上主義な人間にとってはいまふたつぐらい物足りない映画

 ディティールを楽しむということに徹すれば良映画。 BGVがわりにかけっぱなしにするには最適。

 今度は脚本もっと練って造ってください。いつまでもSF映画のコピーのコピーにちょっと付け足しましたじゃ駄目ですよ。

 ところでデュナンは前作の後、母になるんじゃなかったっけ?
キャッチコピーを丸忘れした?

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おそるべしアレの最終回

 先日、うっかり知人を散財させてしまったアレですが、その知人が試写から帰ってきました。

「もう、無罪です!」

 どーやら、AT-X版よりもすごかったらしくて、まさしく本邦初公開のドエライものだったとか。

 試写会の前説では経緯を説明、オトナの事情と言うよりもむしろ洒落にならないので超自粛体制。CSでの放送もがんばった自粛版。ホントはオリジナルを放送するつもりでいたというから恐ろしい。もちろん事件があって関係者速攻自粛

 ノーカット版はネットリしたりとか、描写がリアルすぎてアレだとか。

 もーどこに、ぽんぽんをゴリゴリさせながら開封されるヒロインがいるというのですかー(涙目)

 騒ぎになる前に18禁指定にしたほうが良いと思います。マジでまじで。

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劇場版CLANNAD

演出を、力、暴力として捉えるなら
全編ノンストップ血みどろバイオレンスアクションとでも
いいましょうか、
演出暴力映画
お願いですから、もう少し普通に見せて下さい。

 COMの時代のマンガ表現主義を彷彿させるというか何というか
やってることが古くさい上に、意味をなしていない。
出崎演出の残り物をまとめてみましたという感じ。

 これは是非ともニコニコ動画あたりに上げて欲しいのです。
それで、本当にどう思われているのか
の洗礼を受けるべきだと思うのですよ。
 斜光のやり過ぎはうざい
 カットバックのかけすぎはうざい
 うざい、うざい、ほとんどの画面がウザイ









んで、その上で
「映画は面白かったですよ」
ってのが劇場版CLANNADだと思うのですよ。
 話のまとめ方はオーソドックスに見えて大胆。
パラノイアチックになりかねないゲーム原作でも
必要なところはズバンと押さえております。
劇場版エースをねらえ!!でみせた、物語の収れん力は未だ健在。
 装備は古いが、出崎戦艦戦闘力はまだまだすごいぜ!
ってとこっすかね。

 前作「AIR」はかなり受け付けないものがありましたが
「CLANNAD」はOKです。
 ゲーム関係一切やらないオヤジ世代におすすめ。
いろんな意味で。

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