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弾圧とはかくたるもの

大阪で、作家ごと「有害」に指定できないかと言う話があったとか、なかったとか。

確かに、作家によっては、好ましからぬ作風の人がいるので、丸ごと「子供に見せるな」と言ってしまえば、手っ取り早いことには間違いないわけです。

さて、作風なんてものは、必ずしも本人のやりたい事とは限りません。 知り合いの作家もラブロマンスやりたいと常々言っているのに、やっているのはホラーとか、デロデロのサスペンスとか。

やり手が居ない>仕事として引き受ける>それしか仕事がこない。 というパターン。 今では親戚が集まっても自分の作品の事は絶対口にしないそうです。

そういう、カツカツでやってる作家が、有害だと言われたら、今後まともな仕事が来なくなります。(普通のものも売れなくなるから) かくして、再起のチャンスも無くしてせまいジャンルで仕事するか、廃業するか、死ぬしかないわけです。

規制派が言うような、大人だけに向かって、延び延び商売するってわけにはいかないのです。

体制に有害なら指定できる。 これが表現の自由を失わせて、創作の場を踏み荒らすことが想像できない人間がいること自体が、有害と言うべきではないのでしょうか。

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