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2010年1月

ipad

 業界ではamazonキンドル日本語化の動向に関心が高い中に、さらにやってきたipad。
2010年はブックリーダー革命の年になるかもしれません。

 とは言うものの個人では「どうやっていいか?」が分からないのが現実です。
ipadがアップルデバイスの流れをくむなら、キンドルなんかよりも早くて、個人のソフトをアプリとして販売するという手段がすばやくとれます。
 ただし、iPhoneとiPodtouchの観覧はどうするのかとか、版下(原稿)はカラーで作成するのかとか、いろいろ試行錯誤が山積みなので、即座にどうこうなるわけじゃありません。

 キンドル、ipadの様子を見ながら、日本人向けのブックリーダーと供給が揃うまでに、どれくらいの期間がかかるのか分かりません。

 さらには、出版業界優遇でブックリーダーから個人が閉め出されたらどうにもならない。
様々なしがらみで全体が総崩れするのだけは避けたいところです。

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感想、批評を評価する

 とある映画監督のお話。

「よく映画にポイントつけるってあるじゃないですか。
 あれ、僕らが感想とかに点数つけてもいいんですかね」

 いやー、荒れる元だからやめたほうがー

「茶坊主(権力におもねる)、オタク、バカの三種類で分類するんですよ。茶坊主でも、中身をちゃんと見てヨイショしてれば高得点。リリース文章丸写しは0点」

「オタクは、ちゃんと見て内容に関して的を射ていれば高得点、あきらかに居眠りしてだろ。おまえは!というのは0点」

 ギクギク

「バカもね、素人意見で良いこと言ってくれれば、良いんですよ。勘違いがあっても許す許す。一番腹立つのはド素人に知ったかぶりされることで、バカの0点を突きつけてやりたいんですよ」

 心の中に留めて、決してブログに書かないようにと言っておきました。

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魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st

なのは劇場版を観に行ってきました。

 もう清々したド本気の造りっぷりにいたく感心しました。
これはいい!観に行くべし!

 最近、制作者側の態度というのが鼻にかかることがあって、いかにもパロディ、オマージュでございます。といったシーンがあると「貴様はそんなもの見せられて、嬉しいのか!」と説教したくなるのですが、
 なのは1stは自分たちで作ったスタイルを、丁寧にバージョンアップしているので好感もてるのです。

 自分流というのが見つかった人間は幸運です。
どういう感想になるかはわかりませんが、まずは見ておくべきと書いておきます。

ここからは、見た人向け。
ネタバレしますよ。
























まあ、どうしてもツッコミどころはありますな。
リボンつけたまま寝てるってどんな朝帰りの子やねん!とか。
ずた袋みたいなスカートは、やめてくれーとか。(裾がめっちゃ汚れます)

 フェイトに力点置きすぎて、主人公なのはの扱いがぞんざい。「魔法少女の責任」みたいなものから友達と離れていくパートは、尺上切るのはやむを得ないとはいえ、確か「両親の事故かなんかで一人で過ごした」という部分は、根幹に関わる部分なので、そこはカットしたらいかんでしょう。

 「目的を果たしたら消失してしまう」という使い魔リニスの設定ももったいない。OVAにでもするべき。

 劇場版の改変事項としては、悪おかんプレシアの心情をこってり書いていたので、そこは大いに満足。
「決意の空中変身」と「フェイト参戦」は男泣き出来る良いシーンです。


 

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生フィルムの価値。

先日、生フィルムの価値を聴かれました。

セル画ベースでアニメを作っていた時代はセル画は貴重品でした。
今はセルが無いので劇場作品は生フィルムでプレミア感出そうと言うワケです。

ぶっちゃけて言うと、××万円出せばニュープリントが作れるので、
量産は可能なものです。

あくまで特別な記念品なので、プレミア目的とか、転売目的には
向かないものでしょう。
足りなくなったらもう一巻焼けばいいという程度のものです。

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禁じ手

某先生と飲み。
いろいろお題を出して若手新人の訓練してました。

「泣ける話を考えろ!ただし難病と動物は禁止!
死ぬのはシチュエーションであってドラマで無い!」

結局、誰一人アイデア出せないというのは何ともはや。

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V作戦

某社社長と、景気関連の話。

模型業の不況もなかなかのもので、見込みの甘いところは、ばったばた潰れているんだとか。
しかし悪いことばかり出なくて、今まで予算が高くて使えなかった人が使えるように
なったので、攻めに転ずる環境は整いつつあるとか。

V時回復を狙うなら、まだ致命傷になっていない今しか無いと言う事で、
最後の勝負を仕掛けるんだとか。

私の私感ですが、「買う物がないからお金を使わない」
だけだと思うので、保守企画ばっかりの今こそ勝負どきなのかもしれません。

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鷹の爪3

鷹の爪3を観てきました。

 正直毎度のネタなので、これがオッケーな人とそうでない人とで評価が分かれることでしょう。自分はOKなほうでしたが。

 クローズドな世界と、「誰でも楽しめそうな」ものというのは相反すると思うのですが、鷹の爪ムービーは、けっこう両立しているので自分は好きです。

 3だと、スーザンボイルの歌がちょっと泣かせます。
歌物ならマクロスFもいいけど、鷹の爪3も見よう!

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はやぶさの帰還

イトカワまで行ってきた「はやぶさ」の帰還もいよいよ数ヶ月と近づいてきました。

「日本のテクノロジーが」「変態技術の勝利!」とか言われてますが
期待度が高くなりすぎるのも、良くないかも。
そろそろ「検証が出来てないテクノロジー美談」というのも
注意しなければならんでしょう。
 帰ってくるのは「はやぶさたん」じゃなくて、「技術者の結果」なのですから。

でも、
「満身創痍で任務を果たす機械」
「お使いできずに帰ってくる子供」

いろいろ感情移入するところが日本人らしいとこなのかもしれません。
いい話で終わるといいなぁ。

最期は燃やさずに、ちゃんとキャッチしてあげたいとこです。

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オリジナルを書く入り口

オリジナルを作るという物は難しいものです。
作者の側からすれば、最初から最後まで自分の創造物。
それゆえに
・自分の欠点には気がつきにくい(特に○○に似ている)
・叩かれたらすごくへこむ

といった、最初の壁にぶち当たります。

私の知っている作家さんだと
「抗弁はするが、言い訳はしない」
という人が、作家の資質があるみたいです。
自分の作った構成、台詞回しに自信があれば、読みの浅い反応には真っ向から反論します。
 逆に、自信がない物を突っ込まれて、どんどんやる気を無くしていくというのが、良くあるパターンのような気がします
 そこで「出来なかった言い訳」をはじめたら、もうアウト
 出来ない言い訳をしても、作品の評価が上がることは無いわけです。

 作品に自信を持つには「自分は面白い」と確信することです。
とある作家さんの言葉。
「何度読み直しても面白いのが、どんなものであれ最高傑作」
「自分で面白いと思わない物は人に見せるな」
「家の形は誰でも作れても、住める家にはなっていない」

まずは自作の読み返しからと言ったとこでしょうか。

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オリジナル問題

 原作モノの取り扱いはいろいろと大変なのですが、プロデューサー氏に言わせると
オリジナルのほうがもっと大変なんだとか。

 以前はおもちゃを売るという名目があったので、メカさえ活躍していればぶっちゃけどんなストーリーでもお目こぼしがあったのですが、
いまではDVDなどのソフトを売らなければならないので、なんとしてでも話題性がないと困るというわけです。

 監督などの作家性である程度見込めれば良いのですが、新人がオリジナルでというのはかなり難しい。
 そこで「人気のアレ」みたいな感じにしようと保険をかけまくると、最終的にどっかでみたようなパッチワーク作品が出来上がってしまうと言う訳です

 オリジナルなのに、見覚えあるキャラばっかり出てくるのとかは、そういった理由だそうで。実はこれ「原作」もそうだったりするので、なんともはや。

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原作者もつらいよ

 自分の作品が、映像化されるのは嬉しいことで、同時にビジネスチャンスでもあります。

 よく「自分の娘を嫁に出す気分」と言われます。良いところのお世話になればいいなという、親心みたいなものでしょう。

 とある原作者の人はこういいました。

「自分は、北朝鮮に子供を拉致された
 家族の気分が分かった。
 いつの間にか連れ去られて帰ってこない!
 しかも、TVで訳の分からないことを言って
 どこぞのスポンサーの手先になってる
 返せ! いますぐあの子をまっさらにして
 返してくれ!」

……うーむ。

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字幕と吹き替え

さて、先日アイマックスでの字幕版の「アバター」を見に行ったのですが、
どうにも違和感がありました。

「字幕が宙に浮いている」はともかくとして、どうも話が単純化されてしまったような気が。

 字幕というのは短時間に読ませるものなので、文字制限があるのは仕方がありません。むしろ文字で見ているから、設定がわかりやすかったという点があります。

 実はこの「わかりやすい」というのがくせ者
わかりやすくしたために話が単純化されてしまった気がします。大作アバターも「原住民反乱バンザイ」で終わってしまうのだから、何ともかんとも。これはスターウォーズの時にも感じたことです。

 アメリカ映画は、しゃれた台詞回しにこだわる事が多いので、その辺のニュアンスをごっそり落とされては、どうにもならない訳で、「日本語字幕で見ても洋画を見たことにはならない」と言った、映画ファンの言葉が今ではよく分かります。

 質の高い吹き替え というのはこれからもっと重視するべきでしょう。

 話題作りで有名人に声をアテさせて、宣伝であると思ってるようではいけません。全力でオリジナルのニュアンスを生かさない限り、映画館は真に作品提供の場所にはならないと思います。

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アイマックスでアバターを観る

川崎のアイマックスシアターでアバター二回目。

画面の明るさとか自然さはぜんぜん違います。
その分スリーデー!と強烈には感じないかも。

今回は字幕で見に行ったのですが、台詞を読んでる間に
素敵映像が流れて行くのでやはり吹替をおすすめ。

109は吹き替え版の上映を増やしてほしいものです。

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キャピタリズム マネーは踊る

マイケル・ムーアの金融問題を扱った映画。

 例によって、反対論ほとんど無しの、ムーア視点による社会正義映画なわけですが、これが成り立ってしまうほど、問題は根深いという事なのかもしれません。

 諸悪の根源呼ばわりしている、銀行側の説明を聞いたところで、家を無くした人には、まるで役に立ちませんしね。

 アメリカの一断片を観るという意味においては、行く価値のある映画だと思います。

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原作と制作

アニメ脚本の人と飲み。

 つい「原作モノって書き写すだけだから楽だよね」
という話をした人間が居ました。
即座に脚本家たちが袋だたき。
 すみません、自分もちょっとはそう思っていたので、そばで苦笑い。

 原作者 プロデューサー 脚本家
という関係が何とも微妙で
「アニメは好きにやっちゃって下さい」は神原作者として、現場からあがめられます。

困るのは、出来上がったモノに対して、修正要求してくる原作者。
極端な話、直前で放送中止を訴えたり、制作中止に追い込む例も。

 現場と原作者の間に入ってる、プロデューサーが態度を決めかねたり、双方にうまいこと言ってると話はややこしくなります。

「原作通りに制作します」と言って口説いてみても、お話がスカスカの場合何かを足さねばならない。 その足した部分が原作者の逆鱗に触れるともうアウト。

 こんな事があるから、アニメの脚本家もおっかなびっくりで、もめないような脚本を書くのが良いライターなんだとか。

 さて、原作が面白ければ問題ないですが、人気はあっても(無い場合もある)面白くない原作をまかされた、脚本家の運命はさていかに!これが楽ちんな商売と言えるのでしょうか!

 もし、原作アニメ見て「これはぬるい」と思ったら、ちょっとこのことを思い出して下さい。

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さらばさくらや

http://www.sakuraya.co.jp/important.htm

さくらや、中でも新宿ホビー館はというと1980年代から1990年代位までは
無くてはならない存在でした。
・品揃えが良い
・フィギュアなどのマニア系も入荷する
・ポイントが貯まる、使える
・安売りがある

定価購入が当たり前の時代なので、何を買うにもさくらやホビー館でした。

 それがめっきり足が向かなくなったのは、
・オタク系の目的地が秋葉原にシフトした
・ヨドバシなどもホビーに力を入れるようになった。

等があります。
同時にフィギュアブームも沈静化してしまったという事もあるでしょう。

 不況だからと言うのもありますが、
消費に全財産を投入するオタク者が少なくなったというのもあるかもしれません。

 高いものを渋々買うような、今のハイプライスマーケッティングの
結果でもあるのかもしれません。
 安く広くでも同じだったかもしれませんが。

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デフレ時代

 携帯コンテンツをやっているライターの知人。景気の良いときは月35万ぐらいにはなっていたのが最近では月収8万円。
 広告収入の縮小>ギャラのダンピングが何回か行われ、もうボロボロ。

 先日、ネットで書いているイラストを書籍にしたいという話があり、即座に飛びついたのですが「イラスト料ゼロ」なんだとか。印税もかなり低いらしい。

向こうの言い分だと「趣味で描いたイラスト」=「当社が発注していないもの」だからイラスト料は出さなくて良い。という考えなんだとか。

 最近は献本だけで済まそうとするところも増えているとかで、ちと足下見過ぎです。

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言葉の読み方

とある社長が2ちゃんの話をしてました。

「初期においては情報源として使えていた」
「ブログの新興により、2ちゃんの情報が劣化していった」
「書き込んでいるのはあおり目的でしか無くなった」

「最近はツイッターが情報源として役に立つ」
「相互の関係や、人間像が見えてくる」

「匿名でも、心ある発言には注目するが、もはや2ちゃんはニートの巣窟。金を出さない連中の言葉に価値がない」

「スポンサー商品を買わない人間が批判しているのはどうか」

 とかなんとかボロクソ。
その後で企画部長がこっそり話してくれました。
「現場としてはネガティブな意見も必要。好意的な意見と逆の物が欲しい場合もあるんです」

 立場によって、言葉の読み方は違うのだと感心した次第です。

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俺はすでに死んでいる

続、未来会議

 
の業界が瀕死!とか死にそう!とかじゃなくて
もうすでに死んでいたでござる。の巻

 どういうことかというと、
日本のコンテンツ産業は安価な紙メディアによる出版業によって
マンガの作成が行われていて、「原作」が確保されていた。

 しかし、出版業界の不況により「原作供給が細り」
なおかつ、低予算による買いたたきも始まっている。

 本を買わないことによって、根幹部分が弱っている。
この治療策は講じられていない。

 もう、死んでるよね。ってことです。

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紙メディアのペーパレス化

 続、知人と未来会議。

 

PC(TV)は漫画を読むのに向かない。

 このことに気がついている人はどうやら少ないようです。
これは簡単な実験で証明できます。
 手近なマンガ誌を用意して、モニターの距離高さにおいて固定して下さい
個人差はありますが、かなりマンガを読むのは疲れると思います。

 ではマンガ誌を手に取ってみましょう。
目の近くで、下向きに見ているはずです。

 目線に負担がかかるか否か。
これが絶対的な差です。

 紙メディアペーパレス化を図るには
・手元に置ける重さであること
・充分な解像度があること
・誤動作無く直感的なページめくりが出来ること

 以上の条件をもったブックリーダーが不可欠となります。
・そのハードの技術はもうあるはずです。
・電子流通がシェアを広げることはみんな分かっているはずです。
・本屋を潰す? とんでもない。
 手元に残したい(購入欲求のある)ものはもっと増えるはずです。

 これが未来ではないのでしょうか。

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ペーパレスが突破口なのか?

 これからどういう方向性で行くか討論。

 どうやらペーパーメディアの、ペーパレス化が鍵ではないかと言うことに。
ようするに、「少年ジャンプが同じ値段、同じサイズで月曜朝にデータで読めること」

 極論を言えば、本屋に死ね と言ってるようなものなのですが、どうしても、紙をメディアとして使っている以上流通に限界がある訳です。

 

ぶっちゃけ本屋がないところでは、作品や記事が行き渡らない。

 そのためにも紙と同じ環境で、世界中どこでも読めることが大切なのではないかと。
出版社が、紙と決別する覚悟が出来ればビジネスは広がるのです。

 

本屋はこれからはカタログセンターになるべきなのかもしれません。
本屋に行くことで、常に発見があるのが望ましい未来ではないのかと。

 本が大好きな人間としては、あまり嬉しくない未来ですが
個人の最新情報が流通できる意味合いは大きく、
「紙が大事なのではなく、何が書かれているか」が大事なわけです。

 絵や写真は存在価値が認められるので、マンガ写真イラストグラビアは紙媒体で、健在なのだと思います。

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ペーパレス化が時代を変える

 知人と携帯コンテンツ会議。お題はマンガのペーパレス化。
amazonで扱ってるブックリーダー、キンドルの日本語化は黒船となるのか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB

 amazonのペーパレス販売に、どこが乗り出すかが鍵となるわけですが、大手出版業がイコール紙屋である以上、ペーパーレス化はどうも見込みが薄い。
 いままでのブックリーダーがことごとくうまくいってないのは、「新しいコンテンツ供給」に失敗しているからと言えます。

 そうなると、いち早くペーパーレスコミック事業で勝者になることが、今後の命運を握る訳です。

 今同人誌やマイナー誌はかなりデジタル化が進んでいるので、電子ブックに対応したPDF納品できる作家は、揃えられる。
 今までと違うのは、写植フォントを作家側に流して、読み台詞の統一をするぐらい。

 問題は読むに耐える作家がいるか? ということで、これはかなり強力な編集者がいないとムリ。きれいな絵が並んでいればマンガになると思ってる人間が、編集やってる限りは、まったく見込み無いです。

 逆に、ブックリーダーでしか読めない名作が出来れば後は勝ったも同然なわけです。流通コストが圧倒的に安上がりなので、今ある出版業はペーパレスコミックを出版する、下請けになってしまうかもしれません。

 しかし、今のところ
DSiLLもiPhoneも画面が小さくて、「マンガの絵の迫力」を出すには不十分。ノートブックはいまいち。

 B5サイズで、タッチパネル(指でページがめくれる)、WiFi環境にあればPC不要、省電力長寿命、机の高さから落としても壊れない堅牢性。という条件を満たす機器はまだ無いわけで、今のところキンドルか、DSのさらなる大型化ぐらいしか思いつきません。

 小さい画面はマンガには向かない。

 と、声を大にして言いたい。
 またぞろ、ガラパゴス化と言われようが、日本独自の「マンガリーダー」の登場が待ち望まれるわけです。

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今年の展望

 今年の動向を考えてみるとしましょう。

 私としては、携帯イヤーになるのではないかと思うところ。

 去年3GSの登場で実用的になったiPhone。
 使ってみると分かりますが、情報端末としてはなかなかのものです。もう手放せません。

 普及に会わせてこの端末向けのコンテンツが増えるのではないかと、思うわけです。

 去年任天堂のDSLLがでましたが、
これがもうちょっとがんばって、コミックスサイズになったら、紙マンガは絶滅するかもしれません。
 iPhone並みの通信機能を持つ機器が、せめて文庫サイズになったときに、飛躍的にコンテンツ市場は拡大すると言われています。
 要するに、今までのマンガや小説などの資産が、手を加える必要なく、まるっと生きてくるようになるわけです。

 でかいiPhoneなのか、PSPgoの普及なのか、ネットブックの簡易化なのかは分かりませんが、技術的にはほぼ実用レベルに達しています。

 紙と同じ環境で、品切れもなく、スペースも取らない。
すでにコミック配信は行われていますが、牽引的なヒット作は出ていないので、狙い目ではあります。

 配信公開で、販売は本というやり方は、ずっと模索され続けていますので、そろそろ実力のあるネット作家の登場が待ち望まれるところです。

 今までみたいなお試しではなく、ネット配信モデルに大転換する年になれば、いいなと思っています。

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コミケも77回目

 去年も暮れはコミケ三昧でした。
もー歳だからコミケは卒業 なんてことをちょっとは思ったことがありましたが、実際はコミケも高齢化。むしろ何年もあっていない知人にばったり会うこと、会うこと。名刺交換もかなりやりました。

 「本を作ること」がもっと趣味として認められても良いのではないかと思います。本を作るのは楽しいし、面白い本に出会うのは嬉しい。

 しかし、大人が「趣味の本を売れる場所」となると、コミケに限ってしまい、これがよその即売会ではあまり、代わりにならないのが残念なところです。

 去年は、まんだらけ主催で「資料性同人誌即売会」なるものが開かれて、予想通り濃いヒトしか集まらない場所になりました。
 マニアの絶対数は限られていて、その裾野を広げる努力が無ければ先細りするのみです。

 コミケで面白かったのは、長年やってるサークルの横で、「なんで君らがこんな本つくってるん?」という若手のおっさんくさい本があったことです。

 何かに目覚めるというのは素晴らしい。時々人生過つけど。

 継続できる場の有る無しというのは、大きいのかもしれません。

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SBSヤマト

新年早々にスペースバトルシップヤマトの映像が解禁。
http://www.youtube.com/watch?v=YBu1cZm4Gqg

バトルスターギャラクティカみたいに リ・イマジネーションですから!って感じ。

SFはまかせろ!
バリバリ(レンダリングの音)
いやー!ギャラクティカみたいなのはもうやめてー

もう!
こうなったら!
ヤマトっぽい物が見られるだけでも嬉しいと思うしかないのか!

2010年は心に沢山、棚を作っておくことにします。

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謹賀新年2010

新年明けましておめでとうございます。

今年は仕事に集中するので、ブログ関係は穴あきになるとは思いますが
可能な限り、いつも通りにやっていきたいと思います。

 批評家や評論は、ある意味無意味な言葉遊びである。

 ただ、内練という意味においては、言葉遊びは滋養となりうる。

だいたいそんな感じで。

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