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所詮はコピー

「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る

 直球で良いことを語ってます。

 でも、これは少々時代錯誤だと私は思うのです。アニメの勃興期と今では全然状況が違います。車で例えるなら「乗らされて覚えた」のが監督の時代だと思います。今は教習所で一から教え込まないと車に乗れません。CGから始めるコピーするというのは教習所みたいなものだと考えています。

 人間関係はさらに近年グダグダになってるというのが私の印象。「出来る人間」に自称パートナーが雲霞のようにたかっていて、結局は「出来る」人間が自閉的になり仕事をシャットアウトして、せっかくの仕事の出来る時期をどぶに捨ててる例もあります。

 結局人間関係で対等でありたいなら、それなりの実力を持たねばならず、その実力は自分からつかみ取らなければなりません。

 私はコピーでも何でも、今すぐ手を動かし始めろ。という考えなのでコピーに抵抗感持たせる言動には反対の立場です。

 何をやって良いか分からなくなるのは、プロデビューしてからも、ついて回るスランプ要因です。最初からオリジナルを描けと厳命して、悩み抜いて描き始めた人間は、たしかに大物になれる素質があります。

 自分は悩んだら、ヘタでも良いから1文字でも進めるというのが流儀なので、「しょせんはコピー」とか言われてへこんでしまい、最初で止めてしまわないかと心配でなりません。

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