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アニメ批評が成り立つには

 アニメ評論、批評が成り立たないのは、一番の理由が商売にならないからでしょう。

 アニメ関連誌で一番売れるのはやはり、絵が沢山入ったもの。要するに作品ファンはそのキャラクターに思い入れているものなので、その所有欲に訴えかけるのが一番なのです。

 文字による設定、インタビューは二の次。それも監督インタビューとか、声優インタビュー(苦笑)が先で、物語の背面解説はその後。ライターの解説なんて、文字数埋めるために利用するのが大半で、ライター目当てに本を買う人は皆無か、ごく少数でしょう。

 作品大好きで、買ってる人間に作品批判を読ませるなんてありえません。それは買った人のやることであり、情報提供するまでが出版ライターのお仕事。越権して批判を書き始めたら、それはオーダー外になるので即座にライター失格。

 作品批評に徹した本を作るとなると、版権元は嫌がってフォトを貸してくれない、版元チェックを出した場合、徹底的に修正されるか無視。その結果文章内の間違いなどが訂正されない場合があるので、誤解をまき散らすことも充分あり得ます。

 ともかく、作品の絵を借りるとか、インタビューするとか、アニメからの恩恵を受けない代わりに、無礼討ち的報復を喰らわないようにするのが一番でしょう。有力スポンサーが付く雑誌、はたまた「辛口批判」を売りにするコンテンツなど、独立採算でビジネスに乗るなら可能性は見えてきます。

 そのうえで、商業ライターとしての責任、(文章が)読みやすいか、(内容が)わかりやすいか、ものごとの本質を突いているか、などの枷を与えて、編集長及び編集スタッフが責任持って内容を間違いの無いよう監視していくのなら、コアなアニメファンや、業界人が手にしてくれる物になるかもしれません。

 口を酸っぱくして言いますが、批判は物事を研磨しません。条件反射で書いたような訳知り批判が、常に正鵠を射ていると考えるのは、思い上がりも良いところです

 スポンサー、編集者、ライターの三位一体の強い自己責任が果たせるのなら、広く知らしめる価値のある、アニメ批評というのが成り立つのではないでしょうか。

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