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死を共通のものと思って欲しい

 秋葉原の事件には胸が痛みます。

 事件に関しては、私のような者が知ったかぶりをして語れるようなレベルではありません。ある人間の生い立ち、環境からゆがみが生じて、日曜日の待ちを楽しみに来た人間が傷つけられ、苦しみと共に唐突に人生を絶たれました。

 私の知人誰もが自分も巻き込まれていたかもしれない。という話をしています。私も同様です。

 もし、あの現場にいたら。

 震えを押さえて勇敢にたちむかったでしょうか?

 格闘技経験者が、ナイフをたたき落とし、即座に押さえつける奇蹟は起きませんでした。

 老人や女性や、逃げ遅れたと思う人達が次々に、車にはねられ、ナイフを突き刺されました。

 私には、「死んでいたのは自分や、友人であったかもしれない」という気持ちを持ち、犠牲者を追悼することしかできません。

 趣味は尊重するのが私の信条ですが、もはやナイフに対する理解はなくなりました。特に対人ナイフと呼んでも差し支えないもの、堅さ、重さ、鋭利さをもち短時間に何人も殺傷したナイフを販売した業者、許した法を強く憎みます。

 今日明日でなくても、いつでもかまわないので、現場に行ったときにには手を合わせて、冥福を祈って欲しいと思います。 その無念さを忘れないことが大事であると考えます。

 そして、果敢に立ち向かった警官達に感謝を。

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