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2008年5月

【訃報】内田勝

 信頼できる筋から、元少年マガジン編集長の内田勝氏が30日お亡くなりになったという話を伺いました。『巨人の星』、『あしたのジョー』などの誕生に関わった人物としても有名で、アニマックスの顧問もやっておられたとか。

 情報の発信、受け取りが雑誌中心の時代、さらには児童人口がふくれあがっていた時代の雑誌編集長は、子供文化自体のプロデューサーでもあったわけです。

 時代を動かすエネルギーは、常に先々を見通した視野を持つ人物が作り出すものと思います。戦後の日本人の大半が、心よりの冥福を祈るにふさわしい方であったと思います。

 

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秋葉原活性化案

 日本人の宗教観

 生まれ変わりに関しては、私も大いに信じたいものですが、安易な生まれ変わり論は自殺者の誘発に繋がるので、自殺に関する忌避意識がもちょっと欲しいとこでございます。

 神様と言えば思い出すのが2001年SF大会で祭ってあったモノリス大明神。これを故事にモノリス神社を秋葉原に造ってみてはいかがだろうか。

 現在の技術で作った完璧な1対4対9の最新素材モノリス(神体)とアーサー・C・クラーク記念SF博物館を併設し、お猿がモノリスを拝んだというところから由来する、最も原始的で最先端な、日本人らしいユニークな信仰施設が生まれると思うのです。

 SF復興にも役立つと思うのですが。

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偽造の歴史

 新潮社 人はなぜ歴史を偽造するのか を図書館で借りて読んでみました。

 義経ジンギスカン伝説がどのように発生したかなど、興味深い記述も多いのでこれは是非一読していただきたい本です。

 著者 長山氏の見解として歴史が物語として伝えられることに対する危惧が語られています。

 お隣の国で反日思想が強いのも、元と言えば歴史を検証せずに「物語」と混同させて、「優秀な民族が、不当に虐げられていた」といストーリーを国家レベルで教え込んでいるわけですから、一朝一夕では、その呪縛が解かれよう筈もありません。 

 恐ろしいのはナチス政権下のゲルマン民族優位論、陥れられてるのは   のせいであると言ってるのと全く同じことなので、歴史を物語とすり替えた上で(これは施政側にとって都合の良いもの)を滅ぼすという願望を植え付けることは危険きわまりない行為であると言えます。 

 振り返って日本はどうかというと、 戦前の日本史観により愛国心が作られていましたし、戦後の占領政策下で不当ともいえる自虐史観が教育されるのも、(戦争犠牲者のストーリーを全面に持ち出すことなど)また同じことです。

 大衆レベルだと、例えば歴史上著名な坂本龍馬ですらも、ほとんどの人間が司馬遼太郎氏の『龍馬がゆく』を検証もせずに鵜呑みにして「自分は龍馬ファンだ!」「龍馬のように生きたい!」とか公言してるので、まあ五十歩百歩な訳です。(せめて司馬遼太郎ファンというべきかと)新選組像もだいたいが司馬氏の小説を模倣したものを史実と思いこんでる様子があります。

 言ってしまえば誰もが、物語史観で、洗脳されている危険性があるわけです。

 過去のものを扱う際には客観性のあるデータを元にした「歴史物」。データから一般化するための「歴史小説(歴史物語)」、史実を踏まえつつも大いに創作された「歴史ファンタジー」と明文化する必要性があると考えています。

 歴史ファンタジーなら、平安時代の陰陽師がメガネ男子だったりしても全然おっけーなので、「ほらを吹くなら史実と混同はさせない」というルールをちゃんと作った上で、馬鹿馬鹿しいまでの創作の限りを尽くして欲しいと思うのでした。

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緊急避難として

 宗教問題で日本人が非難される事はこの先も続くと思うのです。どうにもならないほど、宗教に関して無知すぎるのは、国際社会においても致命的と思われます。(例:ハーロックにおけるダビデの星など)

 あんまり薦められた方法ではありませんが

「日本人は神の声を聴いたことのない未開人ですから、偉大さが分かりませんでした」

 と言えば、かなりの高確率で許してもらえるとか。

 これを方便として、謝った影でペロっと舌出して"なーんちゃって"とか言ってたら、不遜なことに変わりはありません。そんな人間は、せいぜいきつい懲らしめられ方をしてもらいたいものです。

 キリスト教、イスラム教に関しては神の声を聴く預言者がいます。東洋思想には「天」というものがあり、これを「神(GOD)」と同一のものするなら、直接「天」を拝むか、その間に言語化できる「人」をはさむか、というのがけっこう重要になるのではないかと、思ってみたり。

 日本人の風習上、直接「神様」に参拝するものが多いので、「わかりやすく原語化できる偉人が現れませんでした」という言い分は充分成り立つと思うのでした。

 この国の中心部に直系の一族がおわしますから

 と言うのは実証性はさておき、現に継続した文化的にとてつもないことなので、そこも逆に評価していただきたい部分ではあります。

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サルまん2.0中止

 サルまん2.0が中止で、なおかつ単行本にもならないというと言う話なのでIKKI最新号を買ってみました。

 要は、仕掛けるための資金、人材、気力不足が原因と言ったとこでしょうか。詳しくはご当人の説明待ちと言うことで。

 外野から見るとこれは"企画鬱"なんじゃないかなーと。ある程度ヒット理論に乗って企画を始めた場合、先に見えてる(希望しているもの)が大きすぎて、進行途中で実際にやれることとのギャップが気になりだして、止めたくなってしまうことがままあります。

 さるまん2.0も「メディアミックス」と「電車男方式」というヒット理論を扱ったギャンブル企画として、これからのるかそるかの大ばくちが面白くなりそうだったので、撤退しました というのも、これはこれでまあオチとしてはアリなのかなぁと思いました。

 企画自体は面白いので、時間と技術は有り余ってる新人使って、新サルまんを始めてもらいたいものですが。

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オタクになりたい4 内と外&ヘンタイ

 オタクを内視するのと外視するのとではその姿が異なって見えるものらしいです。

 当たり前と言えば、当たり前なのですが、「違う姿に映ってるものを、同じように判断してはならない」ということです。

 内視的なオタクのイメージ

 情報収集の極端化(関連するものなら何でも欲しい)。熱意表現の獲得(イベントに行く、ひたすら消費行動に走る)。自己陶酔。○○馬鹿をこじらせてオタクになった。

 外視的なオタクのイメージ

 ネガティブ:排他的、欲望優先、攻撃性を持つ。

 ポジティブ:価値観を確立している、同一趣味との交友範囲が広い、楽しそう。

 外視的なイメージでも二種類あるのではないかと思います。昨今、キャラクター文化に情熱的といった印象が強くなったのは、大変有り難いことです。

 さて、ここでふと疑問に思ったことがあります。

 「オタク」と「変態」は同義語なのか?

 海外のアニメファンから「ヘンタイワ、ナイノデスカ?(Hな同人誌はあるのか)」などと聴かれるとものすごくモニョります。 たしかに用語的ルーツとしては間違いは無いけれどなんだかこっ恥ずかしい思いをします。 

「ヘンタイ、ノー!”エイチ”!!コールトゥー”エイチ”!!」

「オー、オタクワ、アニメヲジザイニ、ヘンタイデキマス!イッツグレイト!イッツクール!」

 うわわわわわわわわ。

 日本人の感じる「変態」のもつ精神異常者的語感がネガティブなイメージなら、自由自在に改変するスキルを持つはポジティブなイメージと言えるでしょう。(余談ですが、気の利いた外国人なら、最初からエイチと呼んでくれます)

 オタクになりたい が日本人的には先の情報共有体に入りたい。なら

 ワールドワイドな オタクになりたい は改変能力まで備えるセミクリエイト能力を獲得することになります。そうなると、さらにハードルが上がることになります

 同人誌が作れたらオタクで、それ以前はただのファン。 とバッサリ割り切れれば簡単なのでしょうが、一家言持って消費するというのもまた、重要な要素です。

 オタクが多面性を持っているなら オタクになりたい も、多角的に取り組む必要があるわけです。

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オタクになりたい3 キミはなぜ

 なんでオタクになりたいの? と問いました。

「だって、楽しそうじゃないですか」

 これを聴いて、私は なるほどーーーー! と思ったのでした。

 私の定義するオタクとは「濃い」「薄い」で判別します。 すなわち何でも"好きになる"ことでより情報を得ようとして、知識魔神になってしまったのがオタクの姿だと思い続けていました。

 この濃いマニア同士の会話というのは、他者には理解できない言語であるが、興味はある。なので、「オタクになりたい」はその理解の糸口を掴みたいといったところでしょう。

 そうなると、「お前も濃い人間にしてやるー」といった一世代前のマッチョ主義的オタクが、詰め込み的に知識を教えてこんでも、むしろ逆効果。訳の分からんことを強要されてオタクアレルギーになる可能性が高くなります。

 先日、最終的に『らき☆すた』の名前が挙がったのは、平易で共通情報としてのタームが多いからと言う理由によるもので、何でもかんでも自分の好きなものを教えてはいかんのではないかと、思うからなのです。 せめて最低限でもこれぐらいは分かってくれ! という願いみたいなものです。

 空っぽのバケツを差し出して、「あなたの知識で一杯にして下さい」といってもこれはとうてい無理な話です。「分からないことがあるので教えて下さい」ならまだ成立します。ですが、時間も手間も有限な人間に対し"なんでもかんで教えて下さい"というのが成立しないのは言うまでもありません。

 どうやら、時代から、要求されているのはオタク先生ではないかと思うのです。

「先生、ドラゴンボールのカメハメ波ってなんかハワイと繋がる意味があるのですか!」

「いろいろ説はあるけど、発音とタイミングが面白いからという理由が一番じゃないかと、先生は思います。例えばゴルフスイングの時”チャー シュー メン”というタイミングの取り方があります。

 "かめはめ"のまでのためと、"波"の解放のタイミングを取るものと思えば、ハワイのカメハメハ大王と類似性が無くても、「おもしろ言葉」として鳥山明先生がなにげなく使った根拠はあると思います」

 みたいなー。 こういう疑問を解決してくれるオタクなんでも先生がいたら私もいろいろ教えを請いに伺いたいくらいです。

「オタクになりたい」は自助努力無しではありえない事になるので、これを突き放すのでなくてどうやって、自力で学べるように手助けしていくかというところに、力点が移ります。

 これは教師をやってる人から聞いた先生のお話。社会科を教えてる先生は最初にこういう話をしました。

「ぼくは、これからあなたたちの先生になります。

 でも、あなたたちは卒業して、大人になったら全部忘れるでしょう

 暗記する知識は、まったく役にたちません。

 でも、自分の興味のある知識は、なかなか忘れません

 だから、これから1年、あなたたちは先生に質問をして下さい

 何故?と思って下さい 先生とみなさんでいっしょに答えを探しましょう

 何故 から始まった知識はもっと忘れません

 覚えてることだけ、試験に出るなら皆さんは誰でも100点が取れるのです」

 疑問を持つきっかけを振りまくのが最初の一歩なのかもしれません。

 少々話はそれますが、岡田斗司夫氏の「オタクイズデッド」も含蓄のある面白い読み物なのですが、「死んだ」というより世代的に一個上に持ち上がって教える側にまわって、今度は教えられる側が増えただけといいましょうか。

 マッチョな知識魔神も、全部自力で取得する者もいれば、直接先輩オタクから学ぶことから始まっている人間もいます。

 ネット時代のオタク知識の伝播体系がかわって、先の「楽しそうだから」から始まるのもまた良いかと。

 残念ながらオタクなんでも先生は地球上には存在しません。絶対的な知識量としてムリムリ。すでに一生分を超えるオタク時間が存在し、さらにそれは伸び続けています。それでも知りたいなら、自然と自分で学ぶようになったり、知識の交換が必要になります。

 個人的には、知恵の萌芽を樹にすることが、教わることに対する最大のお返しではないかと思ってます。 教える側も充分な余裕があるならケチケチしない寛容さがほしいところ。  うっかりでも一本ぐらい樹が育てば充分なのです。

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エースのお店

 本日はちと車出しをすることになって、山梨方面をうろちょろ。

 帰りにとあるファミレスに立ち寄った訳なのですが、土曜夜7時という混雑する時間帯に行ったにもかかわらず、ものすごく人が流れてる。

 コミケ等イベントの混対関係者もいたので、これは一体どういう事でしょう という事になり、動きを観察していたら、どうやらホール担当のスキルが桁外れにすごいのではないかという答えに。

 優先順位の高いもの、オーダー>厨房>テーブル運びと進めつつ、迅速な会計とバッシング(片付け)を行い、隙あらば空き器の回収などと八面六臂の大活躍。もちろん気がついたこと(デザートのタイミング)などはすぐに声をかけてくる。

 特にすごかったのは、ドリンクバーのガラス容器をお客がまとめて壊してしまうと言うアクシデントがあったのですが、安全の確保>即座に清掃>再準備この流れが数分の内に瞬く間に終わってしまう迅速さ。しかもこういうときは走って片付けに向かう手際の良さ。

 結果我々は ここは指導教官クラスが揃っているエースの店である という結論に落ち着いたのでありました。今日は、たまたまデキる人が揃ったシフトなだけかも知れませんが、その有能すぎる接客業のあり方に、眼から鱗が落ちる思いなのでした。

 ちなみにそのお店は ジョイフル の町田多摩境店

 とり天定食が、安くて美味しくてお薦めです。近所にあれば毎日でも通うのに。是非横浜近隣に~。

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コーランに手を出すな

 コーラン引用でイスラム社会から非難

 こっち側から見れば、海賊版に対してのクレームなので盗っ人猛々しいと思うのですが、アチラから見れば日本人の侮辱が大いなる神(アッラーフ)の意思の元に白日の下に晒された。これはすべて大いなる神の思し召しである。ってことになります。 これこそが文化の差というべきことがらです。

 ともかく日本人はイスラム文化に対して無知すぎることも、大いなる反省点でしょう。

 一つの要因としては聖典であるコーラン(クルアーン)がアラビア語以外の翻訳を禁じていたためアラビア語圏以外では、その本質がなかなか理解されないためだと思われます。

 コーラン(クルアーン)はアラビア語による詠唱によって完成されるものとも言われているので、日本語の歌を外国語に翻訳してもその性質が完璧に伝わらないものと思えばてっとり早いかもしれません詠唱を聴いてこれを美しいと思えるなら、イスラム社会のよき理解者になれる素質があります。

 信仰の対象は大いなる唯一絶対の神(アッラーフ)。絵に描くことさえもはばかられる、(まさしく)神々しい存在なので(偶像崇拝の禁止)ビジュアル化したり、キャラクターのネタにしようなどもってのほかというか、本当に殺されますなぜなら侮辱するものを徹底的に懲らしめることを明言しているからです。

 イスラーム教は相互扶助を中心にした穏やかな面と、戦いには徹底的に完遂する激しい面があるので、穏健なものを期待してはいけません。こと教義には、すべてのことがらは唯一にして絶対の神(アッラーフ)はちゃんと記録しているので、よき信奉者には2倍の祝福が与えられると言われています。

 信仰においては、自分の都合の良いことだけを願う信者と、現世利益をほいほい与えるような都合の良い神を徹底的に非難しているので、日本人の生ぬるい感覚ではおおよそ理解できないものと思って下さい。

 その絶対的な神からの言葉を授かった預言者(神の言葉を授かった者、未来予知能力者の事じゃありません)マホメット(この御方も偶像化絶対禁止)の言葉をまとめた聖典がコーラン(クルアーン)なので、これを悪者が読んでましたというのは、とうてい納得しかねることなのです。

 三大宗教、キリスト教、イスラム教、仏教などと言われていて、戒律に対し無知すぎる人間が、"なんかすごそうだから"という理由で、ターム(用語)、ネタとして引っ張ってくることをよく見ますが、ことイスラム教に関してはその本気度が桁外れなので、うかつな気分では絶対に手を出さないほうが良いと明言しておきます。

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領収書のマナー

 領収書。 自営業なので、税金納めるときのために、しょっちゅう貰うことになります。

 この時の宛名書き(自分の名前を書いて貰う)に毎回不便している方も多いと思います。宛名を書き間違えただけで有効にならなかったりするものありますし、口頭ですからうまく伝わるわけではありません。

 私の場合は、本名で貰ってるので、免許証の上の部分を見せて書いて貰うようにしています。これならよほどのことがないかぎりは、間違いようはありません。

 私の友人は領収書貰う時用のための見せ名刺をちゃんと持ち歩いているとか。書いたものを見せるのが一番確実です。

 領収書の発行というのは、当然ではあるものの負荷のかかるサービスなので、正確なものを要求するなら、貰う方にもマナーが必要なのではと思うのでした。

 余談ですが、一番印象深かったのは「上様で下さい」と言ったら、”上様様”と書かれたことがありました。 ちなみに「上様」というのは、領収書の宛名の お客様 みたいな意味の言葉。名前を知らせたくない(わからない/誰でも良い)が領収書が欲しいときなどに使います。 お客様が目上であるという慣習から来たものだそうです。

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オタクになりたい2 何か見よう

 昨日の続き

「その、好きなものがみつからないんです!」

 とか言われるとさすがに途方に暮れてしまいます。好みは性格や生活環境に左右されるものなので、他人からは知るすべもありません。 古典だからといって『機動戦士ガンダム』とか『宇宙戦艦ヤマト』とか薦めても、なにぶん30年前のアニメなので本当に面白がってくれるか何とも微妙。『新世紀エヴァンゲリオン』も突っ走った先が崖っぷちダイブといった感じのひどいオチなので、新劇場版でちゃんと決着つくまではお薦めしたくないシロモノ。この先、どうなるんですか!」とかワクワクしながらきかれても「どうにもなりませんでした」って言うしかありません。

 で、『ハルヒ』と『らき☆すた』が今時の入門には良いのではないかと思うのですが、正直DVDで原作の順番通りにみたハルヒは今ひとつ面白くない。(言ってしまえば)神がかり的な能力を持ったヒロイン(ハルヒ)を、落ち着かせるために男をあてがわれるという話で、その男たる主人公(キョン)はヒロインをそんなに好きじゃない。主人公とヒロインとうまく結びついて大団円になるのか、はたまた違うことになるのか、というのが現在進行中なのでそこが面白い!と思えるようにならないと、かなり辛い。

 最終的には『らき☆すた』はオタク女子(こなた)にツッコミ入れる一般人(かがみ)という掛け合いを発明したところが面白いのでかがみが主人公だと思って『らき☆すた』を見るのが一番無難ではないかと思うのでした。

 『宇宙戦艦ヤマト』は敵(列強)を打ち破って帰ってくると言う海外雄飛の戦前的ロマンシズム、『機動戦士ガンダム』は他人との接触もろくに持てない主人公が、戦闘という自己表現を経て最終的に「ホワイトベース」という小さな社会の中で、無くてはならない存在になると言う、成長劇として良くできたお話なので、この2本無くして何を語ろうや、というのが個人的な考えではあるのですが。

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オタクになりたい

「オタクになりたいんです」

 そんな風に言われたら、あなたはどう答えますか?

 私の持論としては、オタクなどと言うものは、なろうとしてなるものではなく、いつの間にかなってしまうもの。ってなとこですが、どうも最近の「オタク」イメージだとなんだか共通する知識を持っていないと、オタクにはなれないんだとか。

 例えば「初音ミク」に関してなにか言えるとか、人気アニメの共通話題がすらすら出てくるとか、まあ確かに言われてみればハードルが高そうにも思えます。オタクと言われる中でも「もってけ」で"セーラー服"が出るか、"菅野よう子ウンチク"が出るかでもえらい差がありそうですが

 敬愛する黒澤明監督の言葉で、こういう言葉があります。

「好きなものを見つけなさい。

 好きなものが見つかったら、そのために一生懸命努力しなさい」

 これがすべてだと思います。好きなものが無いところの知識など、持ってるだけ脳の容量の無駄のような気が私はします。「あんたオタだね」ってのはその後で付いてくる言葉じゃないのでしょうか。

 ちなみに上記の言葉は映画『まあだだよ』で、内田百閒師弟のエピソードとしても使われています。興味のある方は是非観て下さい。

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探求本

 先日古本屋で永年探し続けていた本をついに見つけました

 この本、上下巻で、昔知人に下巻だけ見せて貰いました。それはすごいインパクトで是非上巻も見たい!と言うことになったのですが、すでに30年ぐらい経っているので当然絶版。再版されることもありませんでした。

 当時の古本屋で上下巻セットを5000円で見つけました(元値は一冊240円)。永年探し続けていた知人がそれを買い取り、重複した下巻は譲って貰いました。彼の上巻捜しの旅が、今度はこっちにやって来たわけです。

 さて、それからずーーーーーっと上巻を捜し続けたのですが、単品で見たことは一度もなく、たまに上下巻セットが三万円ぐらいのプレミア値で出るのを見るぐらい。いくら欲しくてもそこまではなかなか出せません。 意を決して買いに行ったらもう無かったなんてことの繰り返しでした。

 先日、某古本屋に言ったら上下巻セットが置いてありました。価格は12600円!これはどっか地方に探しに行くと思えば出せない値段ではありません。

 なんでまた相場以下かというと、蔵書印本 要するにコレクターが自分の名前の印をおしたもので、貴重な本が市場に出ても、ハンコ一つで値が暴落する他のコレクターに対するイヤガラセのような所蔵物な訳です。

 しかし私にとっては渡りに船。おかげで状態の良い本が手に入るので全くノープロブレムな訳です。

 ついに念願の上巻が・・・・・・。

 内容は、最初に発見したときに知人に見せて貰ったので、がっかりするなんて事はありません。 むしろ時を経て余計面白く感じられるぐらいです

 とりあえず、帰って相場を調べました。

 amazonのマーケットプレイスで背割れ本が上下巻で8000円

 ぐぬぅ!灯台もと暗しとはまさにこのことかっ! コレクターじゃないから背割れでも全然問題無かったのに!

 しかし布教用に予備を持つのはオタクのたしなみ。早速、貸し出し用に確保したのでした。

 探査不足とはいえここまで、ほいほい見つかると言うことは、どっかで急に再販される前触れかもしれませんが、それはそれで良いことかもしれません。

 注文した予備が来たら、紹介する引用スキャン用にバラしますので、何の本買ったかはその時にでも。

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マクロス主題歌集

 マクロス主題歌コンプリートを作ろうと思い立ちいろいろ捜索。

 2005年のマクロスソングコレクションとマクロスFのシングルでなんとかなるかと思いきや、2005年版にはマクロスIIとかが入って無い。

 マクロスIIはいろいろと制作体制がややこしい(スタジオぬえが絡んでいない外部制作)鬼っ子マクロスなんですが、楽曲は悪くないので一蹴するのはもったいない。

 2002年発売のマクロスソングコレクションが、決定版と言ってもいいぐらい優秀でマクロスIIはもとより、ゲーム主題歌までフォローしてるのでこれはお薦め。 

 アニメファンには聴き馴染みのないゲーム主題歌でアイドル(?)声優に歌わせた Only You/虹のパレット :MILKY DOLLS (桜井智・井上喜久子・三石琴乃・今井由香・並木のり子) が収録されているところが高評価。 歌と一緒にゲームのクライマックスになる演出は「愛おぼえていますか」を彷彿とさせてなかなか良いものでした。

  • 2002年のマクロスソングコレクション
  • マクロスゼロのサントラ(1)(2)
  • マクロスFのシングルか、娘(にゃん)フロ。

 の組み合わせが今のところベストではないかと思うのです。

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作画崩壊の反対側

 先日放送したマクロスF(フロンティア)第7話。

 最初のマクロス放送時の「愛は流れる」を彷彿とさせる、TVアニメとしてはオーバースペックの戦闘回で、私のような古いおっさんアニメファンも懐かしのデストロイド登場に涙したのでした

 で、なんだか物議を醸してるのがこれから放送の第8話。予告見て作画崩壊だ何だと放送前からえらい言われよう。

 言うまでもなく人材は有限ですし、絵が設定通りでないと許せないと怒り出すのも何ともナンセンスなお話。特に初回放映時のマクロスは第11話というすごい回があるので、(マクロスFでまた見始めた)古い人間ほど許容範囲が広いと言えるかもしれません。

 作画崩壊だというファンがいる一方で「設定通りが良いなら3DCGのアニメでも見てればいい」というのもよく出てくる意見。

 そういえば2001年にRUN-DIMという3DCGアニメがあって、キャラクターまで本格的にCGでやってしまった作品としては最初に記憶にある番組です。 案の定人形芝居っぽかったですが、これはこれで味があったような。

 その後、アップルシードとか、エクスマキナとか3DCGキャラクターも進歩してると思うのですが、ストリートファイターⅣや、戦場のバルキュリアみたいなマンガ的デフォルメデッサンの落としどころに向かうのではないかと思うのでした。あと星の海のアムリ

 技術的有限である手書きの2Dですら、クオリティを求めるという日本人特有の無駄な潔癖症も、現在の技術水準を維持する原動力なので、「無い物ねだりの作画完璧主義」という病的な要求も、あんまり否定するわけには行かないなぁと思うのです。

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パチンコ屋の苦境

 先日、街方の会議に出席したところ、余談としてパチンコ屋がかなり苦境に立たされているという話を聞きました。

 大まかな内容としては、射幸心を煽る(要するに大勝ちする)パチスロ台が、遊技規制のために2007年9月までに撤廃となったために、全体のパチスロ人口が減ってしまい、さらに新台導入が負担となって営業が苦しいという話でした。

 なにしろ今の国家元首が緩和を申し出るほどですから、よほどのことと思われます。

 あんまり関係のない話と思いきや、エヴァの新劇場版とか、マクロスFが時間かけて作られるのはパチンコ印税のおかげ、とか言う話がまことしやかに流れてくるくらい、キャラ物台の印税は馬鹿にならないので、ライセンスホルダーとしては「パチンコ印税特需」がどのくらいまで持つのかというのは、充分関心のあることではと思うのでした。

 パチンコ業界がさらに危ないと言われているのは、カジノ法というギャンブル合法化の流れ。これにより三点方式(パチンコ屋で玉を景品と交換>景品交換所で現金可>景品は景品問屋を通じてパチンコ屋が買い取り)で営業されてるパチンコ店が、規制対象になるのではないかと言うことで戦々恐々としているとか。

 同じく苦境と呼ばれるTV業界もパチスロCMばかりに頼る始末で、批判の矛先を向けようとは決してしません。パチCMを見なければならないTVならいらんです。

 余談ではありますが、私の死んだ父は重い糖尿病であったために、食事の楽しみが制限されてしまい。晩年は数千円持ってパチンコに行くことだけを楽しみにしていました。 それを思うとパチンコ=悪とは即断できないのでした。

 法改正により、ギャンブル資金の透明性が確保されるのは良いことなので、これは苦境という、まともな遊戯施設のレベルに戻るだけという気がします。 ゲームセンターと同じレベルで遊べるものは儲からないってことなのでしょうが。

 パチンコにつぎ込むお金が映画やDVDにつぎ込まれたら、この業界どれだけ助かる事やら。法規制には期待してます。

参考 パチンコ業界の本音

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BDZ-A70

 録画用X5の2号機がぶっ壊れたままではどうしようもないので、かねてからの予定通りSONYのBDZ-A70を購入。

 こういう過渡期で、中途半端な時期に購入するのはいかがなものと思いますが、携帯機簡単転送のみを持ってしても購入動機には充分なわけです。ファイナライズしてない他社ディスクがよめないのは仕方ないとして、DVDRAM非搭載ってのは痛い。

 ユーザー環境としてはRAM使ってるのは少数派なのでしょうが、コピーワンスのおかげでRAMにムーブするしかない番組を沢山抱えておるわけですよ。SONYの顧客が欲しい機能よりも製品としてできる機能優先なのは相変わらず。

 X5の1号機がまだ健在なので、本日発表されたRD-X7への鞍替えも充分候補なのですが、DVDBBが無いというのはどういう事なのやら。 殻付きRAMが使えるのは高評価なのにね。

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録画依存症(ろくがばか)、暁に絶望す

RD-X5が壊れちゃったのですよー!

 朝からカリカリ異音がすると思ったら、HDDがぶっ壊れ遊ばされました。いくつかの旧番組と春のTVK新番組全部道連れにして。 

 ぎゃー!

 返せ!

 録画を返せよう!

 録り溜めた番組が見ないうちに全部消えてしまって、平気な人間がいるとでも!

 ちなみに2台体制の2号機で主にTVKと朝夕番組専用機。普通はDVDドライブが先にいかれるので、完全に油断した!

ガンダム00 >9話くらいから壊滅 
ぼくらの >半分ほど壊滅
怪物王女 >全滅
仮面ライダーキバ >9話から壊滅
ゴーオンジャー >全滅

春の新番組
S.A スペシャルエー

ダ・カーポⅡセカンドシーズン
あまつき
仮面のメイドガイ
ペルソナ
我が家のお稲荷さま
クリスタルブレイズ
ドルアーガの塔
狂乱家族日記
ブラスレイター      >>>全滅!

 あと録り溜めた大量の水曜どうでしょう。

 もうHDDなんか使わずに、メモリーカード大量にぶっさすのでもいいんじゃないんすかね。

 憎い・・・・耐用年数すぎたらあっさり壊れて、何のフォローも効かないハードを作ってる技術者が憎い、返せ、録画を返してくれ~。

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ミスト(ネタバレ超危険)

 もし、これをご覧になってるあなたが映画好きで「ミスト」をまだ観ていないならこの先は読んではいけません。

 もし、これをご覧になってるあなたが、映画や創作というものに敬意を持ってるぐらいのレベルで「ミスト」をまだ観ていないならこの先を読んではいけません。

 もし、これをご覧になってるあなたが、生涯「ミスト」を観に行くつもりはない。というならその判断は間違ってるので、この先は読んではいけません

 要するに「ミスト」はオチこそすべての映画なので、姑息なネタあさりみたいなことをせずに、ちゃんと映画館で観て欲しいのです。

 では感想。

  

  

  

  

勝手に転載されてるとこに関しては、責任持てませんので

 

 

  

  

  

 ここから。

ちゃんと観てますよね!

 

 

 

 観た方ならやはり、あのラストの話になってしまうでしょう。私は「沖縄戦」の話を思い出しながら観ていました。沖縄上陸戦の末期、追い詰められた日本軍は島民に対し米国の捕虜になるならばと自決を促しています。このことが強要か否かは最近でも問題になっていますが、私は自発的な自決ではなかったと思っています。

 援軍の望みもなく、戦うすべもなくなった島民に手榴弾が渡されます。捕虜になり屈辱を合わされるならいっそ、ひと思いに。 手榴弾の爆発力を持っても完全には死にきれない場合もあります。手榴弾すらない島民は短刀や鎌などの農耕具でお互いを殺し合ったとあります。 家族が、知人同士がお互いのために殺し合う。このおぞましさの一点のみにおいても、大東亜戦争が後世に残すべき負の遺産であると考えています。

 ミストも絶望が生んだ悲劇の物語です。車内で放たれた4発の銃弾。状況を理解し、愛情があるからこそ撃たれた銃弾。それ故に主人公の慟哭は”もっともおぞましきケモノの咆吼”というラストに繋がります。

 これはキングらしいオチだと感心していたのですが、ダラボン監督の脚色だったようです。キング自身も思いついていたら小説のラストにしていたと賞賛するほどで、原作を映画が凌駕した貴重な一瞬とも言えるでしょう。

 人間こそがモンスターという描き方は、全編に徹底しています。特に狂信的な宗教おばさんカモーディは、信仰、信心のために生存原則までねじ曲げて、人が人を殺す理屈を発明して、生け贄を求めます。これに対し(すべからくホラーモンスターすべてに言えることですが)生きるために捕食する魔物の類は、最も純粋たる生き物といえます。

 秩序は極限になればたやすく崩壊する。ホラーの帝王と言われるキングの持ち味ですが、さらに絶望の先まで描いた「ミスト」は映画史に残る傑作と言えるのではないでしょうか。

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ミスト

 ミスト公式サイト 

スティーブンキング原作の映画化で、監督はグリーンマイルとかのフランク・ダラボン。

 クリーチャー映画の最高傑作と評しても良いかも。少なくとも2008年観た映画の中では一番の出来です。よくぞこれをかけてくれたものと横浜の東宝シネマズの支配人にお礼が言いたいくらいです。

 これは誰もが見て「面白い!」「楽しい!」といった映画ではありません。「クローバーフィールド」のようにちょいとしたアトラクション気分で観に行くものでもありません。

 ですが、これは是非とも観ておく価値のある映画です。登場人物の描き方、脚本の巧みさ、物語の不条理、すべてが理詰めで丹念に描かれているところがこの映画の神髄で、フィルムが揺さぶることのできる感情の一つは、こういったものかと知ることができます。

 映画を愛する人間なら必ず観に行くべき!

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隠し砦の三悪人2008

 観に行ってきました。黒澤ファンとしてはバキボキに憤怒するかと思いきや、存外普通の映画として楽しめました。駄リメイクの戦・・・に比べれば遙かにまともで、娯楽作品に徹しようとする姿は好感が持てます。

 黒澤映画は映画人にとってはとても重荷なので、背負える重さにリサイズしちゃいましたー!って感じ。その潔さは小気味良し。

 東宝さんもマーケティング上幅広い年代に向けた、デートにも適した活劇映画というスナック感覚の映画をお望みだと思うので、満足行く出来映えとは思います。

 ただ、誰にもお薦めはせんです。

 マーケッティングで生まれたヒット作の換骨奪胎映画なので、観に行くべき要素は見あたりません。 

 「ディティールに映画の神が宿る」と昔の映画人はよく語っていたそうですが、まさしく甘いディティールのおかげで全然映画の神が降りてきていない印象。

 主君の前で顔を上げてニコニコ笑ってる領民が、打ち首にならないようなナンチャッテ封建制度には興味ありません。

 ライト層にむけて万全を尽くした映画なら、それはそれでOKなんだと思います。

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日本一のゆで玉子

 ゆで玉子をよく食べます。

 家では買い置きのタマゴが賞味期限ぎれしたら、全部茹でちゃって片付けるというパターンですが、塩をハーブ入りのクレイジーソルトとか岩塩とかで振りかけると、抜群に美味しいものに様変わりします。(塩分取りすぎが心配ですが)

 ゆで玉子スキーな方に是非ともお薦めしたいのが、箱根大湧谷の黒たまご。酸性熱泥で茹でただけの普通の固ゆでタマゴなのですが、これがもう抜群に美味しい。特に黄身部分がホコホコして魅惑の美味しさ。 使用しているタマゴの種類もあるのですが、遠赤外線効果とか、浸透とかいろいろあるのかもしれません。

 日本一のゆで玉子と私は思ってます。 特に上のタマゴ茶屋まで歩いていって、出来たての黒たまごを食べるのがお薦め。ちょうど運動して小腹が空くこともありますが、ロケーションや硫黄臭なども含めて、最高のユデタマ環境ではないかと。

 昔から滋養があり"1個食べると7年寿命が延びて、2個食べると14年寿命が延びる"と言われてます。ちなみに調子に乗って食べ過ぎると"腹をこわして寿命が縮む"とも言われますが(笑)、腸が弱めの私でも毎回6個ぐらい食べて平気です。

 お薦めできないのがお持ち帰り。つやつやの黒たまごが家に帰る頃にはまだら模様になってあんまり美味しそうには見えません。現地でまだ温かいのを食べるのが一番です。

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仕事を選ばないシンボル、ご当地キティ姐さん。流石です。

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秋葉原が世界の中心になるために

 私の持論ですが、地域を活性化させるためには、導線が必要なのです。

 導線とは、人間を導く線のことですが、ここでは電気的な意味合いも多少含みます(後述)。

 活性化している地域には、なにがしかのシンボルが存在します。例えば神社仏閣や文化芸能スポーツ施設です。交通拠点(駅)とシンボルとの間のラインを人の導線と定義します。人気のある場所には土産物屋など門前町が必ずあります。

 秋葉原は実はシンボル不在の街です。今のところメイド喫茶かもしれませんが、ショップは点在しているために、太く強い電流が流れるようなエネルギーのある導線にはなっていません。

 そこで提案したいのが"秋葉原文化資料館" ハコモノによってシンボルを作ってしまおうという案です。

 核になるのは

  • レンタルホール(コンサート、ライブ、中規模までの即売会=最新情報)
  • 図書館、映像ライブラリー(過去)
  • 講習会スペース(未来)
  • クリエイターを中心とした資料展

 の4エリア。規模は大きければ大きいほど良いものとします。先日の「星の王子さまミュージアム」で強く思ったのですが、キャラクターグッズを置いた場所にはせずに、それがどうやって生み出されたかを基軸にすれば、どっしりとしたテーマの豊富な施設になるものと思います。

 これをある程度距離を置いた場所に作る。 最近の駅前再開発みたいに導線が極端に短くては活性化には繋がりません。やはり移動の前後で飲食や購入でじゃんすかお金を落とす必要があります。

 日本に来たら必ず行ってみたい場所、とりあえず暇があったら行ってみたい場所、創作の秘密に触れて興奮して帰れる場所、そういう巨大な知識と人の集合点を作ることが大切なのです。

 一日に資料館のみで3000人の動員を見込んで1000円の入館料で年10億円。総工費200億円のプロジェクトとしても20年内には精算が可能な計算になります。

 是非とも国家プロジェクトとして秋葉原に作って欲しいのですが、土地的に無理とあらば秋葉原を捨てて、新たな交通拠点のある場所にオタク遷都することになるのではないでしょうか。

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星の王子様ミュージアム

 箱根にある星の王子さまミュージアムに行ってきました。

 キャラクターテーマの施設として、前々から関心はあったのですが、よくある観光客目当てのやっつけ人形館みたいなものと、根拠もなく想像していました。

 場所は箱根のススキ野原で有名な仙石原。車を走らせると欧風の建物が見えてきます。

 入場料が1500円と高額のため、地雷覚悟で入ってみたのですが、いやはやどうしてどうして、こんなに良い施設だとは思いませんでした。

 展示室は、主にサン・テグジュペリの生涯にスポットが当てられています。少年時代、挫折した青春時代、冒険飛行家の時代、ナチスに占領されたフランスからの亡命者の時代。その足跡を辿るように展示が続いていきます。当時の生活調度品を再現した部屋はなかなかの見応えがあります。

 『星の王子様』に詳しい人は、物語がサン・テグジュペリの人生の縮図とされている説を聴いたことがあるかと思います。

 このミュージアムも、その説に乗っ取った設計がされていて、サン・テグジュペリの死の後にようやく星の王子様のキャラクターが登場し、どれが何をモチーフにしているかが分かる仕組みになっています

 私が『星の王子様』を読んだのは中学生くらいで、シュールな内容が当時難解だった記憶があります。

 しかし、改めて作者自身の人生を照らし合わせることによって、作品の理解力が飛躍的に上がってくるのでした。

 『星の王子様』を読んだことのない人でも「フランスの冒険飛行時代」に関心があるなら、お薦めです。

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ザ・シンプソンズ ファン感謝祭レポートその2

 夢は願えば、かなうもの という言葉が私は好きではありません。

 夢は見るだけならノーリスク

 叶えようとすると、その大きさに比例してハイリスクになります。

 シンプソンズDVDの上映会の話を聞いたのは今年1月です。発起人はAさんでシンプソンズファンクラブのメンバーが順次合流する形になりました。場所の仮押さえができたとのことで、発起人が大平透氏と連絡を取り具体的になってきました。

 イベントは無償で会場費は発起人で分担することで合意。しかしいくつか高いハードルを越えなければなりません。その一つは上映許可です。無断上映でやるか否かは大きな差となります。

 これは大平氏の働きかけで解決できました、それのみならず主要な声を担当している役者さんも連れてきたいという意向で、ささやかですが充実したイベントが予想されていました。

 後でとてつもないことになるわけですが

 最終的に上映許可はDVD(BR)の販促という形で可能となりました。これまでは"不倶戴天の敵"としてきたFOXでしたが、外資系企業としては充分すぎる配慮を頂いたと思ってます。

 合わせて、DVD(BR)購入者に対しての募集が始まりました。この段階では未定事項も多かったのですが、最終的には募集数を超える応募とたくさんのメッセージが届けられたそうです。

 さて、5月4日当日。 ファンにとっては奇蹟の一日が始まります。

 まず当選した一般来場の方が驚いたと思うのは、大平透氏によるDVD(BR)全員サイン企画でしょう。 一応、さすがに無謀と止めはしましたが、大平氏の強い希望で決まりました。

 プラス、ミスタードーナッツ提供の先着順のお土産品。

 12時開演。いきなり主要キャストによる音声ミニドラマがスタートします。実はこれ、ベテラン俳優にやってもらう以上、失礼があってはいけないとリサ役の神代知衣さんが書き下ろした渾身のもの。クラスティ役の島田敏さんを始め日俳連全面協力で収録された一回こっきりとしてはミラクルすぎる録音です。

 メイン司会はこれまた贅沢に島田敏さんと一城みゆ希さん。役者さん達を壇上にお呼びして次々の挨拶。都合の付いた主要メンバーが勢揃いしてファンの前に立つという、おおよそ普通の力関係では成立しないようなすごいことになってます。

 大平透氏が最後に登場して挨拶となったのですが、なかなか言葉が出てこない。後で知らされたのですが用意した言葉が、感極まってでてこなかったそうです。最初からずっとこの日があればと言う話をされていました。

 この辺はアニメ!アニメ!さんのレポート

 大平氏の「もう水に流しましょう」という一言が、この日のすべてを集約していたと思います。もはや未来に眼を向けたものなのです。

 いよいよ、ファンが望んでもかなわなかった夢「オリジナルキャスト版 シンプソンズ ザ・ムービー」上映が始まります。 タレント版を観てない人にはごく自然のものでしょうが、これは一度は永久に断絶しかけたところから、ファンの声で復帰した、一言一句の台詞が何よりも貴重な収録音声なのです。この会場においては何よりもまして貴重な上映時間であったと思います。

 万雷の拍手と共に上映終了。これはマット・グローニング氏にも是非見ていただきたかった光景です。

 その後はプレス用に写真撮影があったのですが、ここでファン側のターン! このイベント、役者さん達がファンに感謝する集まりなのですが、逆にファンが支えてきた役者さん達に感謝するイベントでもあったのです。当日までは内緒で、ファンが全員に花を渡すというサプライズ企画が織り交ぜられていたのでした。 

 そして、当日までシークレットだった第三部大平氏のサイン会。このサイン会の間役者さん達が壇上に上がり、自分のもちキャラでクイズを出すという贅沢企画。それだけでは止まらずFOX提供の収録台本を抽選でプレゼントなどてんこ盛り。

 サイン会も無事終わり、大平氏の挨拶で全イベント終了しました。  と、思いきや!

 最後は役者さん達が全員揃って来場者の方々をお見送り。 どれだけベテランが揃ってるか分かる方には、いかにすごいことか分かっていただけるかと思います。

 これだけのものがまったく営利の絡まないところで行われたのは、ファン活動史に残るミラクルな一日と言えるでしょう。

 ここまでは表舞台の話。裏方でもミラクルな話はあります。

 後から気がついて愕然としたのですが、考えてみれば「素人の仕切る舞台にベテラン俳優が上がる」というとんでもない命知らずのことをやろうとしていたわけです。

 しかし、次々集まる強力な助っ人ボランティアのおかげで何とかフォロー。その一人ですが、今回知人の音響マンの方に助っ人を頼みました。

「声優さんの挨拶があるんですが、音響たのめないっすかー」

「いいっすよー」

 と、これぐらいの軽いレベルで。

 しかしその音響マンさんが当日遭遇したのは、ベテラン俳優の前で、限られた最小限の機材で、アドリブで刻々変わる台本進行下で、状況に合わせて音を出し続けるという恐ろしい作業。 舞台見てた人はまるで気がつかなかったと思いますが、アメージングなプロ技が舞台裏で展開されていたのでした。まったくもってよくやって頂きました。

 それだけではありません。今回の上映 普通の映画館気分で皆さん見ていたものと思います。 実はこれプロジェクターにPS3を繋いだもの。 いくら高輝度プロジェクターとはいえ、ここまで映画並みのクリアな上映ができるとは思いませんでした。恐るべしPS3! みんなでオリジナルキャスト版を観るという夢は、SONYの技術者の手によって叶えられたと言っても過言ではないでしょう。 ありがとう! PS3班の人! 

 これだけ大きな夢を叶えれたのは、ボランティアスタッフと、手弁当で駆けつけていただいた役者さん達、何よりも強く願った大平氏によるものだと思います。

 ハイリスクであっても、一つ一つ解決すれば夢の実現は大きくなる。それが分かっただけでも大きな成果のある一日でした。

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ザ・シンプソンズ ファン感謝祭レポートその1

 5月の4日、都内某所で「シンプソンズファン感謝祭」が開催されました。

 これは昨年の、『ザ・シンプソンズ ムービー』主要キャスト声優変更騒動に端を発します。その際に(言うなれば)反FOXジャパン的な「声優変更を考える会」が立ち上がり、声優を元に戻すべしと言う運動をはじめした。ファン個々の発言でもブログとブログをリンクすることで意外に力は生まれてくるもので、さらに実際にファン招集から始まる「実体のある運動」がいろいろと生まれてきました。

 ここで、もう一つ我々ファン側の考えのおよばない、別の問題も含んでいました。

 キャラクターに声をあてている声優さんは、その全身が役者でもあるのです。指名される場合はそのキャリアを買われて、多くの場合はオーディションを受けて勝ち取った「役」でもあるのです。 長寿番組を支えてきたのは演技が評価され、浸透したものと考えても良いでしょう。

 しかし、『ザ・ムービー』では主要キャスト入れ替えという判断が下されました。

 役者さんもシビアな世界に生きている方達なので、実力勝負でならまだ納得のいくものもあったでしょうが、(これはファン側の意見としてですが)あきらかに演技ではなく、イメージだけの作品を台無しにするミスキャストであったのです。

 「作品」または「舞台」の評価と言うものは実はかなり不明瞭で、一部の批評家やブログの感想、興行成績でしか、目に見えるものが出てきません。 某役者さんの言葉ですが「役者にとって、人気は永久に自信が持てないもの、自信を持てるのは演技だけ」と言われるぐらい、フヤフヤと頼りないものなのです。

 役を降ろされると言うことは、実力の否定でもありました。

 そんな時期にファン活動がありました。今度は役者さん達も知らないことですが、こちら(ファン)側としては署名活動、デモめいたことも辞さず ぐらいの勢いでファンが集まりあれこれと考えを巡らしていました。

 それが雑誌に「過激なファン、大物タレントにNG!」といった形で、取り上げられ、あきらかにネガティブキャンペーンの様相を見せてきた段階で、具体的な沈静化策として「オリジナルキャスト」での再収録、という判断が出たものと思います。

 ホーマーの大平氏は"今後ホーマーの役を降りるつもりであった"と、後から伺いました。この時期の強い葛藤もあったことと思います。

 最終的には、「ファン活動をしてくれたファンに一言挨拶して、彼らに許可をもらってから、収録をはじめたい」とのことで、率先して動いていた「考える会」が代表みたいな形で呼ばれ、大平氏自身から復帰の意思をお聞きしました。こちら(ファン)側としても、許可をするも何も、"復帰が決まった"と言うことだけで全員涙目でした。

 その際に、劇場オリジナル声優版公開はもはや不可能であり、「ファンとFOXの仲が悪いなら自分たち(役者側)がその握手の仲立ちをしたい」との話を伺いました。

 この日を境に「考える会」ではアンチFOX的なまとまった動きはやらないことになり、「では残りはファン個人が、自分の責任下、自由意思で動きましょう」ということになりました。

 結果、FOXを動かして、「オリジナル声優版の映画を劇場で観る」という夢は崩れ去りました。

 大平氏も「せめて(これから収録される)DVDが出たら、ファンを招待して、みんなで見たい」という話をされていました。

 しかし、去年の段階では、夢の話でしかなかったのです。

 長文になってきたので明日に続きます。

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GW

いろいろ 立て込んで来てるので今日もお休み

お手々のシワとシワを合わせて シワ寄せ なーむー

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伝聞ですが

 マンガ家の関谷ひさしさんがお亡くなりになったという話を伺いました。

 公式なソースでは確認取れていないので訃報ではなく、こういった話を聞いたという程度で。

「ストップ!にいちゃん」などあか抜けた絵柄で、親しみやすいお話が思い浮かびます。

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シンプソンズ ファン感謝祭の日

 観に行く方ではなくお迎えする方の一日でした。

 疲れたのでもう寝ます。 ぐー

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どうやら明日は

すごい一日になりそうなのですよ。

レポート書くとは思いますが、今日は準備のために記事書かずに寝ます。ぐー

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オタクと経済

 オタクを「好嫌主導型価値感主義(こうけんしゅどうがたかちかんしゅぎ)」と定義してみましょう。

 オタクの価値観は4段階に別れます。

  • 好き
  • 関心
  • 無関心
  • 嫌い

 の四つです。基本は好き嫌いで、これに無関心の度合いが間に挟まります。

 単純に言うと「好きなもので幸福感を得ること」。普段の生活が好嫌を言ってる場合ではない状態では、オタクというものは育ちません。 嗜好を良いものと思わない文化圏ではなかなか育成されないものです。~厳しい戒律のある宗教文化圏など。

 好嫌が価値基準になってくる。 これは全体にも関わることで、例えば嫌いな人間などがいたら、それを排除することで価値観を防衛するようになります。いじめ問題や家庭内の不和もまたしかり。嫌いが許容できないというのは強いマイナス面も内包しています。

 上位の「好き」にマークされると、財布がゆるくなります。金銭により幸福感を交換するので資本主義形成としては、重大な役どころにあることは注目すべきかと思います。お金を使えば幸せになれる。この原則には誰よりもバッチリはまっているのです。

 「関心」もマークされると、消費行動が動きます。例えばアイテムコレクションなど、少々「好き」から脱していても購入対象にカウントされます。

 「好き」と「関心」、この二つは満足感によって決定されます。本能的な「性属」が一番わかりやすい満足感で、    ・・・えーと    下品な話ですみません    ・・・要するにオナニーの対象となれば最上位の価値観を持ってるわけです。はい

 次に満足感の基準として、「エンタテインメント属」が来ます。「面白いor楽しい」です。日本の文化史をひもとくと、天下太平の江戸時代、特に江戸はエンタテインメントの世界であったと言ってもいいらしく、「おもしろき」を価値観とする民族性はすでに確立されていたのではと考えます。

 経済で考えるなら「お金の使い先がある」ことは重要です。 

 「性的なもの」「面白いもの」を二大基準とするなら、同人誌文化というのはまさにプリミティブ(原初的)な消費活動であって、実はここに文化形成の中心点があるのではないかと思います。 逆の視点、「提供する側」にとっても極限まで低いハードルではじめられることも重要視すべきでしょう。

 「価値の満足感」このポイントをいかに押さえるか、うまく拡大化していくかが今後の課題ではないかと考えています。

 経済論で言えば社会に不安を覚えれば、将来のために備蓄をはじめるために、経済の動きが弱くなり不況に繋がります。

 「アリとキリギリス」でアリを美徳する日本人にとっては浪費するキリギリスは、馬鹿げた存在に見えます。DVDだ、アイドルだ、フィギュアだと極限まで消費しまくるオタク者は典型的なキリギリス型です。

 しかし、「キリギリスがいることによって国が潤う」ということもまたしかり。

 基本的に私もオタク万歳な人間ですが、将来になると不安しかありません。それでも「価値あるもの」には消費を惜しみません。

 もっと「満足感」に関して作る側、受け取る側で、本気で取り組む必要があると思います。

 消費の大循環によって、経済がよくなり、将来が不安にならない程度の備蓄も自然にできる。これがベストの姿ではないのでしょうか。

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魔法にかけられて

 1日は映画の日だったので、終了間際のディズニー映画『魔法にかけられて』を観に行ってきました。アニメの国のお姫様と王子が、現実の国にやってくるというお話。

 見所というとディズニー自身のセルフパロディですか。歌って踊ってをやってる中に、「一人冷静に見てる人間がいる」などは、バカ度がかなり高くて大好きです。後半ディズニーが本気出してくるところもまた見所です。

 この映画のポイントは、観客の視点操作で、アニメにならしたところで、リアル現実パートにもってきて、お姫様をさんざん浮かせてといて、今度はそれを肯定していくシナリオの巧みさ。 物語仕事の人は、必ず見ておかないといけません。変化球から直球への動きをよく観察しましょう。

 実に勉強になる映画でした。

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