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衆愚的なもの

 以前、明治の新聞事情を調べたことがありました。 それはいかに新聞が大衆を煽ってきたかの歴史でもありました。その時代の民衆がどう判断し、何を指示したのかも過去を知る重要な手がかりだと思います。

 メディアの使命とは、複雑なことをわかりやすく伝えることにあると考えています。その過程で「わかりやすい物語」に置き換えるという手段がよく使われます。

 最近だとボクシングの亀田親子。「失われつつある親子の力で世界チャンピオンになる」というストーリーに熱狂させたかと思えば、今度は「無礼な新人に実力を見せつけた内藤」というストーリーに置き換えられています。亀田物語はスポ根もの、内藤物語は我慢して我慢して最後に一太刀浴びせる健さんもののストーリーだと言えるでしょう。

 ストーリー化される怖さというのをどこかで知っておかねば、間違った制裁が行われます。「果たしてその物語の要約は正しいのか?」という検証は常に必要だと思うのでした。

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