意欲泥棒

 前の晩はすごくやる気だったのに、翌日になると急にめんどくさくなるのを「意欲泥棒にやられた」と呼んでます。

 同人誌とか、ネット記事の大ネタとか、趣味系のことでは非情に頻繁に泥棒されていて、ちょっと意欲がでたら、すぐ持って行かれるの繰り返しです。まったく、ちくしょう、どろぼうはひどいやつだなぁ。

 で、意欲泥棒対策を考えてみました。

  1. とりあえず、すぐ始める。
  2. やることマップを作って(頭の中でも可)何から始めるか考える。
  3. 無駄とは分かってやることをカコイイと思う。

 時間がないというのもありますが、普段使ってない時間がいくらかあるならそこに、突っ込めばいいことなので、忙しい人間でなければ絶対的理由にはならないのです。

 資料本を集めるとか、机の脇に置くとかから始めても結構有効な気がしてます。

|

崖っぷちの…

 ポニョ替え歌ブームなので私も

ぽーにょぽにょぽにょ修羅場中
締め切り近くにやってきた
ぽーにょぽにょぽにょ ふくらんだ
理想と現実 おわらない

ぺーたぺた、かちかち
保存をするまで、倒れるな

にーぎにぎぶんぶん
マウスで肩こり つらいのよ
 
布団で眠ると、心はおどるよ
仮眠から 緊急 パーチパチ PC
お目々は充血 まっかっかの

ぽーにょぽにょぽにょ急かされる
締め切りもうすぐ やってくる
ぽーにょぽにょぽにょ ふくらんだ
理想と現実 妥協点

|

ヒットの芽

 英国BBCのトップギアが面白いと、大評判。

 GT-R対新幹線では、日産GT-Rに乗ってJR移動組と日本縦断勝負。

 どっか買わないかなー。

|

『ポニョ』評2(超ネタバレ編)

 いろいろ語りたくなるから、これは良い映画です。

 終わってから話が分からず「?」観客にマークがでたという感想は、複数からでてました。(昔、エヴァンゲリオン劇場版(古い方)観に行ったときはそんな感じ)

 私には「キモくても大好き」というシンプルなお話に思えました。

 数割の人は、この作品のクライマックスが、イザナギの黄泉がえり神話であることに気がついたと思います。イザナギが死んでしまった妻イザナミを想い焦がれるあまりに、冥界までいって連れ戻そうとするものの、その途中でおぞましい死体姿を見て、逃げ出してしまった。というストーリーです、類似パターンはギリシャ神話などにもあります。

 『ポニョ』では、金魚がヒト化した「半魚人でも好きでいられるか」、要するに「キモくても愛せるか」というのがクライマックスの決断です。

 美しい姿に囚われ、ウジの湧いたイザナミに恐怖してしまったイザナギは、死者との離別という意味合いを持ち続けています。

 『ポニョ』はというと、一番人外であった「人面魚」姿から接触が始まってるので、主人公宗介がそもそも恐れるべきところは最初から何もない。加えて、魔法をもった、5歳児には、ファミコン・・・もといゲーム機なんか足元に及ばない、最高のおもしろキャラなので「好き」というのは当たり前なのです。

 この試練にもなんにもなってないことを、物語のクライマックス上の試練とするなら、「ポニョが嫌いになる要素」というのを必ず入れるべきなのですが、その辺無きに等しいので、映画の骨格がまるでできていないように思えます。

 この辺の適当さが、よく分からないという評価に繋がるのではないでしょうか。

 

|

『崖の上のポニョ』評

 なんとも不思議な映画でした。

 物語はどこかの港町で起こる、人魚姫と少年との物語です。人魚姫といっても『トトロ』のメイみたいなキャラなので、往年の宮崎美少女を知ってる人間は、今回もまたしょんぼりです。

 物語としてはいたってシンプルなものなのですが、なにぶんそこまでにいたる過程が全くないので、何が起こってるのかさえ分からずに、奇妙な生き物を延々見せ続けられます。「説明不足」は、宮崎アニメがある意味そっぽ向かれている原因はでもありますが、見る度に解釈の違う、正解のない問いかけなのかもしれません。

 最後のオチは神話的な要素なので、そこから引き出される要素は、数限りなくあります。「面白かった」とか「つまらなかった」ぐらいしか出てこないのは、少々、思考停止であるのかもしれません。物語のセオリーを無視した謎ばかりの映画なので、明快さを求める観客には不満が多いかも。

 本作の魅力は、未知のアニメ体験でしょう。なるほど描きにくいものをキャラクターにすると言う手法は、初期の実験的なアニメには見られましたが、「写実的と感覚」に立脚する日本のアニメ、いや世界中探してもほとんど見なくなった技法です。
 イマジネーションが絵になって動くことの、すばらしさや、キモさ(笑)が、これでもかとばかりにたたき込まれています。一番楽しいのは、初めて映画館に来るような子供達でしょう。「キモい」「すごい」の中間にある何かが処理しきれずに、「ぽーにょぽにょ♪」と歌っているような気もします。

 大人にとっても、同様の未知の体験でしょう。子供映画として「見なくて良い」というのは早計で、やはりアニメ映画を観る興奮は、子供と大して変わらないような気がします。

 終始疑問であったのが、主人公家族の描き方で、両親を名前で呼び捨てにすると言うのは「トモダチ感覚の仲良し家族」なのか、「家庭が崩壊して、相手を家族ではなく、一個の生命体として見ているのか」理解に苦しみます。

 これが問いとしてあり、結果がラストで明かされれば、文句なしに名作と言えるのですが、この辺無頓着で投げっぱなしです。「どっちかの視点で見れば印象がまるで変わる」という仕掛けなのかもしれませんが、それは映画を楽しむ上で無駄な蛇足のような気もします。

 あと、個人的に思うのは、『ゲド戦記』の宮崎吾郎監督に対する、全力説教映画なのではないかと。 ゲドの戦記の問題点である、いわゆる「オタク的」な、有りものの情報量に圧倒されて、その延長上にしか自己を見いだせないふがいなさに、映画屋としての怒りをぶつけている印象もあります。

 しかし、「実は、謎の人物フジモトは『海底2万リーグ』の乗組員でした」みたいな映画上わからない裏設定ありきでのもの作りも感心しません。『ゲド戦記』が批判されている、途中説明しない不安定さを同様に持っています。

 ともあれ、ポニョはアニメ映画好きなら、大きなスクリーンでぐりゃんぐりゃん動くのをみるべきでしょう。たぶんテレビと見るのとでは、印象が全く違う映画だと思います。

|

3分で分かる竹島問題

 竹島関係の報道とかニュースを見てると、日本人もちゃんと理解してるのか、不安になってきたので、3分で分かるまとめで。

■問題の根源

 国家は、その体制を維持するための自国民教育が必要。その過程で事実を歪曲化することがままあり、それは国民思想となり定着する。

■アジアの自国認識

□日本 1900年代、西洋列強の植民地政策に対し、「万国公法に従う」というやり方で、西洋と同じことを開始。侵略と言えば侵略に相違ないと私は思いますが、日本の統治はかなり優秀、帝国的横柄さと同時にルールは遵守してきた。

□中国 かねてより文化の中心である国。その影響力は計り知れない世界のトップランナーである。その豊かさに目を付けた諸外国から散々搾取され続けてきたが、近代化を成し遂げ再び過去の栄光を取り戻しつつある途中。

□韓国 中国と親しくすることで、その影響力を得て平和に暮らしてきた国。近代日本の植民地政策により、簒奪を受けたが、その優秀さを持って威信を回復した国。

■大東亜戦争以降

□日本 連合国GHQの支配下に置かれる。いわゆる自虐史観教育に熱心。戦争に罪悪感を抱かせることは良いことだが、「戦争」に至る経緯がおろそか。 当時、合法的な行為であったことの説明が無いので、先祖が極悪人のように言われる弊害を生む。

□中華人民共和国建国 1949年からが今の中国。共産主義国。 共産主義というのは、貧富を無くし等しく生産に従事して生きていける世界のこと。一見良さそうに思えますが「支配階級」が「労働階級」を搾取する構造はやっぱり同じ。無知な若者が、大人に暴力をふるう<文化大革命>でブルジョアとインテリを粛正(多分拷問と殺害)、こういう都合の悪いことは教えない修正歴史が弊害となる。

□韓国と北朝鮮 日本の朝鮮半島の権益が、敗戦で失われたので、ソ連とアメリカの分断統治で南北に別れる。北朝鮮が38度線を越えて南下したのが朝鮮戦争。 要するに日本が(どんな理由があろうとも)朝鮮統治を始めたのが南北分断の原因なので、日本諸悪論は根深い。

■なんで、日本は嫌われてるのか?

1.中国、韓国は国家に反逆されないようにするガス抜き。同時に日本人は謝罪の体質。「畏(おそ)れ入る」ことで、相手との関係を復帰させてきた封建意識がある。しかし、これは向こうからみれば「悪人が罪を認めた」だけのことで、徹底的に懲らしめない限りは関係は修復しない。

2.マスコミの変更報道 向こうにも国粋主義者はいるので、その過激な行動を民族全体の怒りとして扱っている。これは正でもあるが誤でもある。 朝日新聞がアジア寄りと言われるのは大衆を扇動して戦争を煽った反省からとも。毎日新聞も(前身の東京日日新聞が)南京大虐殺の根拠と言われている、100人斬りを戦意高揚報道するなどしている。大衆を操る能力を使った、逆洗脳とも言える。

よく言われること

南京大虐殺 便衣兵(ゲリラ)の掃討は本当。一般市民の大量殺りくは出所の怪しい情報ばかり。検証以前のポンコツ情報が未だに持ち出されている感あり。

従軍慰安婦と強制連行 貧困層の出稼ぎや、身売りがすり替えられているというのが現在の認識。 日本にいた朝鮮半島出身者も大半は帰国事業で戦後に帰国している。在日問題に関しては、外国人労働者とその子孫という考えであるべきで、差別は言語道断。

■竹島問題

問題の根源

 要するに鬱陵島認識。鬱陵島は朝鮮(韓国)領なのは確認されているが、韓国側が、現在の竹島も鬱陵島の一部だと言い始めたのがそもそもの要因。

□韓国 竹島も付属して自分たちのもの。

□日本 鬱陵島は韓国領であるが、竹島は日本領、それは立証資料がある。

要するにこういうことでは。

 少年漫画風に表現すると、ルール、ルールという杓子定規な委員長メガネくんがいて、

J「ここは僕の土地だから出て行きたまえ」

K「そんなの関係無ぇ!ずっとすんでる愛着ある人間のものじゃないのか!」

J「こんな無法はゆるさないー、いいつけてやるー」

国際司法裁判所「住んでる人の権利もあるので配慮すべし」

K「わーい、大勝利、ルール厨ざまぁww」

 みたいなストーリーをあちら側は考えているのではないかと思うわけです。

 近代日本の信頼は、ルール順守の精神にあるので、後世から信頼を勝ち取るためにも、盲動無く歴史認識の正当性を説くことが大切なのではないでしょうか。

|

2004年にテレビは終わった

パチンコ解禁はCM業界の断末魔?

 この記事を見てふと思ったのですが、パチンコCM解禁は2004年

 コピーガードが地上波デジタルに適用されるようになったのは、2004年4月からです。

 広告が減り始めたのはもっと前からですが、これはインターネットや、携帯に時間を取られるようになったので、家庭の中心では無くなったのが要因だと思います。

 広告収入目当てに、数兆円規模のパチマネーをあてにしたばっかりに、パチンコにせっせと生涯年収の大半をたたき込むような○○相手になり、これに見限った視聴者のテレビ離れがどんどんすすんでるところに、地上波デジタルにも試聴制限設けて、一層見せない努力。とどめは地上波一斉停波で、まだテレビをみてくれてたTVの奴隷世代を、切り捨てるわけです

 もう駄目かも。

 そんなわけでPS3配信コンテンツの忘念のザムドに期待。スタッフが『キングゲイナー』に近いのも高ポインツ。

 レンタルで、3日試聴、HD400円、SD300円というのは高すぎ。例えば一ヶ月分見返すの三日試聴しかできないのに、最低1200円~1600円というのはアホだと思います。出力先でせっせと録画しろってことですか? せめてメモリースティックにPSP画質録画はできますぐらいのサービスはつかないものでしょうか。(公式発表前なので)

 ここで一回購入したら何度でもリピートできる権があれば、ディスク無しでソフトを買ったようなものだから、結構購入意欲も湧いてくると思うのです。いつでもみれても、ソフトを買うのがオタクの性分ですし。

 ともあれ、これが成功して半分ぐらいにおっこちてくれれば、かなり許容範囲。高画質配信事業あれば、テレビなんかいらないのです。あんなものはただの垂れ流しです。アニオタは好きなときに高画質で見られれば幸せなのです。

 で、ここに広告代理店が絡んで、CMみたらタダになりますよ がくっつくとみんな幸せになれそうな気がします。

|

伝説の近藤圭子

「豹の眼」と言う昭和34年の宣弘社制作のヒーロー番組がありました。この作品のヒロイン<錦華>役に、童謡歌手の近藤圭子さんがキャスティングされています。『透明人間』の盲目の少女役でもあります。

 童謡歌手というと、あまりピンとこないでしょうが、生で歌が聴ける童謡コンサートは絶大な人気がありました。その人気スターがテレビに毎週登場してたわけです。<錦華>というのは、清王朝の末裔で、清王朝復興を画策する秘密結社青龍党の党首でもあったりするわけです。

 美少女+王家の末裔+少林寺拳法+秘密結社の首領>財宝のアイテム保持者という素敵てんこもりの設定の上に、一人称が「錦華」だったりするのですね。しかもいい感じの高さの少女ボイスです。ついでに身内に陥れられるわ、笑い薬を喰らって笑い死にしそうになるわと、不幸の身の上もバッチリです。

 なんという、無敵ヒロインぶりでしょうか。

 あらためて吃驚です。近藤圭子さんは挿入歌「少女錦華の歌」も歌っています。

 その後怪傑ハリマオにも、ゲスト出演しますが、「南十字星の歌」というハリマオの挿入歌も歌っています。

まあ、この素敵っぷりを聴いて下さいな。

http://jp.youtube.com/watch?v=E1tmeBDw_Uc

 近藤圭子さんは、その後紆余曲折があり、引退してハワイに住まわれるとか。

残念なのが「少女錦華の歌」「南十字星の歌」が入った、市販CDがありません。唯一入っていたコロムビアファミリークラブの通販商品「永久保存版特撮・ヒーロー主題歌大全集」も今はありません。このまま記憶の中に埋もれていくだけなのでしょうか?

 今一度再評価するべき、伝説の歌手でしょう。

 参考

|

ボンクラの壁

 創作論談義の続きです。

 「知人と同じようなレベルが出発点なのに、向こうは人気があって、こっちはまるで陽があたらないのですが、何が違うんでしょうね」

 という話。これはよく聞きます。

 もしかして、その知人とやらはメジャー指向で、売れてるものはパクリだろうが何だろうが、どんどん取り入れているのに対して、あなたは地道にやることが正しいことだと考えてませんか?

 これに符合しているなら原因は明白、立ちふさがってるのは「ボンクラの壁」です。

  ボンクラの壁は、努力や鍛錬によって突破できるかというと、残念ながらそうではありません。高確率でボンクラの壁の内側をグルグル回ってるだけなのです。努力が解決すると思いこんでることが、壁を越えられない要因の一つです。これを「ボンクラの虜」と呼びましょう。

 ボンクラか、ボンクラでないかの境目はただ一点。「受けの手応え」ではないかと思うのです。

 受けているものをフォローしていけば、「受け」の感覚が身につくのでフォロアーこそ近道というのは、ある程度正解。ただし、同じ技術論者との競争率が高いというのが欠点です。

 真似ることで感覚を体得していくのが良い学び方、ボンクラの壁を越えた世界がすでにお手本なのです。一方で、真似てるだけなのに自分の実力と勘違いして、必要感覚を身につけないのは駄目な学び方。ネタ元が枯渇したら共倒れです。

 ここで真似ることを恥とすると、自力でボンクラの壁を越えなければなりません。

 どうやって越えるべきかは私にも分かりません。どうやら、技術、独創性、大衆性の三つが柱であると睨んでますが、今のところ私自身ボンクラ突破したわけではないので、仮説のままです。自分で「これは受ける!」と閃くものが必要ですが、それもまた誤解であることがほとんどです。

 最低限、ボンクラの壁の中に引きこもりはすまいと思うのみです。

|

テレビと広告の未来

 録画させないとかアホなこと言ってる連中はさておいて、もっとスポンサーと仲良くなろうビジョンを。

 広告主>広告代理店>制作会社>(テレビ局ぬかして)>視聴者の枠組みが作れたら新しいことになるのではないかと。

  • 番組は最初からネットなどで有料配信
  • ただし、スポンサー広告を試聴すれば、課金はスキップされる。<最初に選択できる>
  • 録画にはさらに追加料金で権利者に還元。またはスポンサーアンケートに答えると無料とか。

 広告見たくない人は自腹。こうすれば(番組提供)=(広告によって賄われる)の図式がハッキリするので、みんなが積極的に広告見ようという気になると思うのですがいかがでしょうか。スポンサーは話題性のある番組に期間契約、集中投資して新作の予算に充てる。内容重視なので、タレント戦略で最初の試聴数を稼いでも、内容がくだらなければはいそれまで。

 配信期間は1年ぐらいに限定して、以下ソフト販売に切り替えれば良いと思うのです。CM無しの番組なんかは、有料のままなので、むしろCM入れて下さいと懇願したいぐらいです。

 現在の配信普及率と、テレビの普及率が圧倒的に違うと言われそうですが、購入客の絞り込みができるので実際に購入する顧客が1,000人に一人なら、理論的には(日本5000万世帯にたいして)5万世帯の試聴が確保されていれば同等なわけです。

 配信は メインサーバー>ネット回線>セットトップボックス+テレビ、またはPC。

 CMスキップはオートにしておけば、普通のテレビ通り見られるし、視聴者のタイムシフトに完全対応。余った時間はCM専用枠として配信。

 あと、アナログ一斉停波とかアホなこと言わずに、NHKだけ残せば問題は少ないかと。公共放送かつ、受信料徴収してるんですから、もう見れないからNHK払わない騒ぎが絶対に起こると思うのです(そのためか今NHKは宅配徴収止めて、全部を口座引き落としにする計画、訪問人件費も削減で一石二鳥)。

  民放見たければデジタル買えばいいし、帯域はそれなりに空くので電波皮算用もそれなりに満たされると思うのです。

 そうなると、NHK一局集中になるので、また民放と大喧嘩になりそうですが。

|

«コピーするのは良いことだ